人類の七大試練―《幻月龍イクリプス》
人類の七大試練。
それはこの世界に存在する人類を滅ぼしうる七つの厄災を指す言葉である。
あまりに人類側にとって理不尽なその存在を昔の人は神からの試練だと信じ、七大試練と呼ばれるようになった。
そして、その一角に位置する幻月龍イクリプスが目の前にいる。
その口から放たれるブレスは小国であれば一発で滅びるほどの威力を持っている。
現にそのブレスによって滅ぼされた国は数十にも上る。
生身の人間が相手をしていい生物ではない。
「あれは人類の七大試練ってやつだろ!? なんでこんな王都の近くに出てくんだ?」
「イクリプスは神出鬼没でいつどこに現れたっておかしくないわ。住処にこもっているような生物なら七大試練だなんて呼ばれないわよ」
「それもそうかって——おいおいおいおい、それはダメだろ!」
ジークがイクリプスの翼の動きを見て慌てふためく。
いや、私も内心軽いパニック状態だ。
何故なら、イクリプスは両翼を大きく広げ——。
「くっ!!!」
勢いよく翼をはためかせ暴風を引き起こす。
辺り一帯の木々はその暴風に耐えきれず、空へ舞う。
私たちも踏ん張りがきかず、木々と共に上空へ投げ出された。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
「うっぐ……」
なるべく離れて飛ばされないように私はジークの服を必死で掴む。
きりもみ状に空高く舞い上がった私たちは、暴風がピタリと止んだ瞬間に重力によって地面へ落とされていく。
「この高さっ! 死ぬぞ!!!」
「なにやってんの!? 早くスキルを使って!」
「はぁ!? 何を硬化されるってんだ!」
「今あなたが触れてるものよ!!」
「っ!」
私の意図を理解したジークは両手を広げてスキルを発動する。
すると、私たちの落下が空中でピタリと止まる。
「そうだよな。別に俺のスキルは物質じゃなくていいんだよな」
ジークは空気を硬化させることで空中に簡易的な足場を生成した。
「あとはこのままちょっとずつ、降りていけば……」
空中の見えない足場に飛び移りながら私とジークは地面まで着地する。
「とにかく今はここから逃げないと」
私たちは更地になった荒野を駆けて、王都へ向かって急ぐ。
「てかこのまま王都に逃げ込んでも平気なのか? あいつがその気なら都市ごと俺たち殺されちまうぞ」
「大丈夫。王都には私以上のS級冒険者が何人もいるわ。それにギルマスもいる」
「あ? あんなロリガキがいて何とかなるわけないだろ」
「そんなことないわ。ギルマスは……うっ!」
何もない場所で足を躓き、顔から転がり落ちた。
「何やってんだ!」
「ご、ごめんなさい……はぁはぁ……これ以上は息が……」
三年以上もの間引きこもっていたせいで、明らかに体力が落ちてる。
まともに走ることすら困難だなんて……。
「しっかり捕まってろよ」
「ひゃうん!」
いきなりジークが私を抱きかかえて、王都に向かって走り出す。
恥でしかないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
私は唇をかみ締めながら耐え忍ぶ。
「おいおいおいマジかよ! あいつ追ってきやがるぞ」
ジークの言う通り、イクリプスは明らかに私たちに視線を向けながら飛んできている。
「どういうこと……?」
イクリプスの目的は私? それともジーク?
どちらにせよ、好都合だ。
この巨体なら王都から視認できるし、王国軍は対応を開始している頃合いだ。
それでも稼げる時間があるなら稼ぐに越したことはない。
って何を考えているのよ、私。
私一人ならともかく、こんな囮役にジークを巻き込むことは出来ないわ。
けど、もしイクリプスが狙っているのがジークだったら……?
どうしよう。どうしたら。私は……。
「おい! おい聞いてんのか、くらげ」
「え? わ、私?」
「他にくらげがいるかよ」
「いや、私くらげじゃないけど」
「そう言うのは後ででいいから。それよりも悪いが囮役に付き合ってもらうぞ」
「なっ!」
私が迷っていたことをこの男は躊躇なく選択した。
そして、私が返事をする前にジークは進行方向を変える。
真っ直ぐ王都には向かわずに、徐々に右側へと向かう。
「あなたは何をしているのか分かっているの!?」
「んだよ。今更死ぬのが怖いとか言うのなよ、S級冒険者さま」
「私はどうでもいいのよ。あなたこそ死ぬかもしれないのよ!」
「王都の住民と俺の命。どっちを取るかなんて考えるまでもないだろ」
こ、この男、あまりに自分の命に執着がなさすぎる。
違う。そうじゃない。この人はおそらく私と同じで……。
「っと、またあの暴風が来るぞ」
イクリプスが再度翼をはためかせ、私たちに向けて暴風を放つ。
「悪がその風を利用させてもらうぜ」
ジークは靴を脱ぎ捨て裸足になり、軽く飛んで足の触れている空気を硬化させ宙に浮く。
そして、暴風の風に乗る。
「おっし上手くいった。サーフィンのイメージ、サーフィンのイメージ……」
よく分からない言葉を口にしながら、暴風を利用して速度を上げてイクリプスから距離を取る。
「今の固定を外したってところかしら」
「ああ。最初にやったときは硬化した空気がそのまま同じ場所に固定されちまったからな。どういう原理か分かんねぇけど、位置固定しないよう風に流される様にってやったら上手くいった」
もしかして、意識してやったわけではないの?
最初に空気を硬化させたとき、空気の強度だけを硬化させただけでなく、位置座標を硬化して動かないように固定していたように見えた。
この男はそれに気づいていない?
実態のあるものだけでなく、概念にも干渉できるスキルは希少だ。
彼自身は外れスキルだなんて言っていたけど、磨けば輝く原石じゃない。
でも、今の彼のままではその力を十全に引き出すことは出来ない。
なぜなら彼は——。
「あなた、生きる気力がないでしょ?」
「はぁ!? めちゃくちゃあるっての!」
「いいえ、あなたは私と同じで——生きる意味が見いだせないんでしょ」
「っ!」
彼は私の言葉に目を見開いた。
その反応を見れば、私の思っていたことがあっていたと分かる。
「あなたはいい人を演じようとしていたみたいだけど、人間の性格っていうものは早々変わらないわ。人を見かけで判断したり、口は悪いし、あまりいい人には見えないもの」
ジークの噂を聞いたとき、最初は行き過ぎた正義感の持ち主かと思っていたけど、今日初めて会ったとき、噂に聞いていた正義の人とは程遠い印象を受けた。
一見、何でもないような普通の少年に見える彼も私と同じような経験を過去にしているのではないかと不思議とそう思った。
「それでもあなたがいい人を演じて、誰かの役に立ちたいと考えているのは、生きてていい理由が欲しいからなんでしょ?」
「ったくよく気づいたな。——お前も同じだからか?」
「っ!」
ジークの心を見透かそうとして思わぬカウンターを貰った。
「お前は逆に噂で聞いていたほど悪いやつには見えなかった。無駄に面倒見がいいし、王都の連中を助けるために囮になろうとして、でも俺を巻き込みたくなくて迷っちまうほどにはお人よしだもんな。そんな奴が何の理由もなく親友を殺すとは思えない」
意外だった。
彼がそこまで人のことを見ていたとは思わなかった。
「そんで三年も引きこもって、まともに食事がとれなくてやせ細ってるお前を見りゃあ、人生を謳歌したいって人間には見えねぇからな。お前も生きる意味がなくて、自分の命を軽く見てんだろ」
そう、ジークの言う通りだ。
私は生きる意味なんて見いだせなくて死にたかった。
だから、あの日、私は罪を認めて処刑されるつもりでいた。




