悪逆令嬢の夢
私は生まれながら才能に恵まれていた。
王国でも有数の貴族家であるクリスタリア家の長女としてこの世に生を受けた。
魔法や剣術の才は人並み外れていた。
けれど、それ以上に私がもてはやされていたのは鑑定眼と呼ばれるスキルだった。
見ただけで対象の情報を盗み見れるスキルだ。
名前や年齢と言った基本的な情報以外にも、魔力量や体力、技能と言ったその者が持つあらゆるステータスを可視化し、見ることが出来る。
その能力もあってか、幼い私は人を目踏みする癖がついていた。
高いステータスを持っている人とだけ関わろうとする打算に満ちた可愛げのない子供。
それがリオナ・クリスタリアの幼少期だった。
けど、そんな私が一番共に過ごしてきたのはステータスの低い同い年の女の子だった。
私が彼女に興味を持ったのは、鑑定眼で彼女の名前を見た時だった。
名前の横に見たこともない赤い旗印がついていた。
それが何か気になった私は彼女と過ごすことにした。
最初はそんな下心からだった。
それでも彼女と共に過ごすうちに、一緒にいるのが楽しいと感じていた。
だから、私は親の反対を押し切り、魔法学校への入学を蹴って、彼女の夢だった冒険者に一緒になった。
冒険者になって三カ月。私はS級冒険者になった。
史上最速であり最年少でのS級冒険者。
王国中が湧きだった。
それで私は調子に乗ってしまった。
自分は何でもできると思い上がった。
それが破滅の始まりだった。
S級冒険者になって半年がたったころ。
私は親友の彼女を含むギルドメンバーと最高ランクのS級クエストを受けることにした。
内容は王国最南端にある未海域の調査。
そこまで難しいクエストではなかった。
何事もなく指定された範囲内の調査を終えた私たちは帰り支度を整えていた。
その時だった。
彼女のステータスに現れてはいけないエンブレムが浮かび上がった。
黒いドクロのマーク。
呪いの状態異常を受けたときに表示される。
この世界で呪いを付与できる存在はたった一つ。
呪詛神官ディスパテル。
その正体は謎に包まれているが、人間に対し無作為に呪いを振りまく存在である。
呪いはディスパテル本体に出会ってなくても時間場所関係なく感染する。
そして、その呪いの種類も千差万別であり、効果が表れるまでどんな呪いか分からない。
けれど、私の鑑定眼はその呪いの効果を表示していた。
永続的に対象者の生命力を枯渇させる。そして、五分おきに呪者の半径一キロにいる人間に同じ呪いを付与する。
その文言を見たときに私の血の気は引いた。
このまま街に帰れば間違いなくこの呪いが広まり多くの人の命が失われる。
呪いを解除しない限り。
しかし、ディスパテルの呪いを解除する方法はたった一つしかない。
呪いを受けた対象者の死亡。
これ以外に呪いを解除する方法はこの世界には存在しない。
「リオちゃん? どうしたの?」
挙動不審な私に気づいて彼女が声をかけてくるが、なにを言っていいのか分からず、私は口ごもる。
「リオちゃんのその顔、もしかして鑑定眼で何か見えちゃった? 私が呪われてたり?」
「っ! な、なんで……」
「あ~、やっぱりそうなんだね。さっきから体が重くてどんどん力が入らなくなっていく感じがあるからもしかしてって思ったけど、呪いだったんだね。重めの病気とかならよかったんだけどね」
呪いを受けていると知っても彼女の態度はいつもと変わらなかった。
「それでどんな呪いなの? やっぱりどんどん衰弱していく系?」
「え、ええ……。それと周りに感染していくタイプみたい……」
私は鑑定眼で見た呪いの内容を彼女に伝える。
「あちゃ~、残り時間で一キロ離れるのはちょっと無理かなぁ」
すでに二分近く経っている。
少しはなれた場所に他のギルドメンバーたちが帰り支度をしているのが見える。
とは言え、せいぜい数十メートル程度の距離しかない。
このままではここにいる全員、呪いを受けていずれ死に至る。
「それじゃ、私が今すぐ死ぬしか解決方法はなさそうだね」
「っ!」
確かにその方法しか私も思いつかなかった。
けど、自分からそんな提案を出来るかはまた別の問題だ。
「怖くは、ないの……?」
「え? うん、全然。だって、冒険者になるって決めたときから覚悟してたし」
ウソだ。
彼女が強がっていることくらい、手の震えを見れば誰でもわかる。
「あ、あはは……。ごめん、やっぱ怖いかも」
私の視線で彼女は自分の手が震えていることに気づいたようだ。
そうだ、怖くないはずがない。
「私からの、最初で最後の残酷なお願いを聞いてくれる?」
彼女は私の腰にあるレイピアにそっと手を添える。
「自分で命を絶つ勇気がないの。——だから、お願い」
私は即答できなかった。
時間は刻一刻と迫っている。
それでも決断は出来ない。
私が迷っていると、彼女は数歩後ろに下がり、私に背を向けた。
「顔が見えないほうがいいよね。私も死ぬ瞬間はあまり見られたくないから」
彼女のせめてもの気遣い。
私は一歩だけ前に出る。
彼女は呪いにかかった以上、死は免れない。もって一日程度だろう。
それが早いか遅いかの違いしかない。
まだ呪いにかかっていない私たちが助かるための唯一の方法。
「——ごめんなさい」
死んだ者は呪いが解ける。
それはつまり、死体から呪われていたという事実を確認することが出来ないことを意味する。
私は親友を刺し殺した殺人者として王国軍に捕まることとなった。
「うおおおおお!! 倒した! 倒したぞ!」
初めてスキルを使いこなしモンスターを討伐出来たジークは子供のようにはしゃいでいた。
その姿はどこかあの子を被って見えた。
「大げさね。ただのホブスライムごときに」
「お前だってホブスライムに苦戦してたじゃねぇか!」
この生意気なところは似ていないけれど。
「これで俺もS級冒険者になれちゃうんじゃね?」
「バカ言ってないで。あなたはまだスタートラインに立ったところなのよ。調子乗ってないでさっさと薬草採取に戻るわよ。今回は討伐クエストじゃないんだから」
「んだよ。良いじゃねぇかちょっとくらい浮かれたって」
「クエスト中に浮ついた感情はタブーよ。いきなりどんなイレギュラーに遭遇するか分からないんだから」
昔の私に言い聞かせるように、ジークをたしなめる。
「イレギュラーってなんだよ。この辺は比較的安全な地帯なんだろ? そうそうヤバめなモンスターなんかに出くわすわけ……」
「グガアアアアアアアアアアアア———!!!」
ジークの声をかき消すように上空から重低音の叫び声が響き渡る。
「お、い……まさか、これがイレギュラーとか言わねぇだろうな」
叫び声のあった空へ自然と視線が向く。
けれど、そこには目をそむけたくなるような現実があった。
全長数百メートルはありそうな大きな影。
漆黒に輝く禍々しい両翼に城壁さえ破壊できそうな爪と牙。
人間がいかにちっぽけかを知らしめるような圧倒的存在感を放つそれを私は見たことはなかった。
けれど、その正体は知っている。
この国の人間なら誰もがその名を言える。
それは呪詛神官ディスパテルと同じ人類を滅ぼしうる七つの災厄——人類の七大試練が一角。
「幻月龍イクリプス——!」




