悪逆令嬢の帰還
契約によって縛られている俺は泣く泣く薬草採取の任務に出た。
腹の奥に沈殿したモヤモヤした感情はいったん置いておく。
クソみたいな人間のせいではあるが、俺のわきの甘さも原因の一端である。
とは言え、あのロリガキはいつか必ず泣かす。
「で、お前はなんでついて来てんだ?」
王都の郊外までやって来た俺の後ろにはパジャマに掛け布団を羽織った状態の妖怪くらげ女の姿があった。
「あんたがヘマしてギルドの評判を落とされると困るからよ」
「薬草採取程度でヘマなんかしねぇよ。それ以前に落ちる評判ねぇだろあのギルド」
底すら突き破ってそうな評判の何を気にしてるんだか。
「それより、お前。リオナって言われてたけど、まさかリオナ・クリスタリアじゃないよな」
「…………そうよ」
「やっぱりか」
俺はその名を知っている。
しかし、俺が聞いていたリオナの人物像と同にも合致しない。
悪逆令嬢リオナ・クリスタリア。
それが世間のリオナに対する評価だった。
貴族家であるクリスタリア家の息女として生まれ、史上最年少でS級冒険者にまで上り詰めた天才少女だった。
誰からも信頼され人気もあった。
しかし、三年ほど前の話。
とあるクエストの最中リオナはパーティーメンバーであり幼馴染の親友を背後から突き刺し殺害したというニュースが流れた。
その事件をきっかけにリオナは悪逆令嬢と呼ばれるようになった。
国は彼女を危険と判断し、今も王国最南端の地下牢獄に幽閉されている。
はずだった。
「なんで捕まってるはずの大罪人が当たり前のように外出てんだ?」
「…………別に何でもいいでしょ」
「よくねぇよ。ことと次第によっちゃ、お前をこの場で捕まえなくちゃいけない」
「……はぁ。ギルマスが高い保釈金を払って私を出してくれたのよ。これでいい?」
面倒くさそうな態度でリオナは釈放された理由を話した。
「あのロリガキが? 親が出してくれたんじゃないのか? 実家は金持ちの貴族だろ」
「……っち。いちいちなんであんたに話さなきゃいけないの」
触れられたくないことだったのか、リオナは苛立ちを隠せず、傍にあった枯れ木を蹴っ飛ばす。
「…………」
長い髪で体のシルエットが隠れているから分かりにくいが、今蹴りだされた足や髪の間からちらちら見える腕を見るに十九歳とは思えないほど痩せこけている。
枯れ木よりも彼女の足の方がぽっきりと折れそうだった。
「あんたはさっさと薬草採取をしなさい」
「はいはい、わーりましたよ」
この感じじゃなに聞いたって教えてくれないだろうな。
「ちょっと何してんの!」
「え? 薬草採取だけど」
その辺にあった図鑑と同じ見た目の草をむしっていたら、リオナに止められてしまった。
「それはマルルイ草でしょ! 薬草って言ったらカルルイ草でしょ!」
「ん?え? なんて?」
「だ~か~ら! それはマルルイ草! 致死性のある毒持ってるのよ! そんなもの依頼人に渡せるわけないでしょ!」
「おいマジかよ。これ毒持ってんのヤバ!」
俺は咄嗟に手にしていた草をほっぽりなげる。
「つか、なんで分かんだよ。見た目完全に一緒だったろ」
「違うわよ。葉先が綺麗に繋がっているのがカルルイ草。葉先が割れているのがマルルイ草よ」
「分かるかぁ! んなもん!」
図鑑の手書きイラストじゃそこまで細部を描かれていないから違いが全く分からん。
見た目の名前も同じの毒草とかぽんぽん人死ぬだろこれ。
「絵だけ見て判断しているからいけないのよ。ちゃんと見分け方の説明載ってるでしょ」
「だから、字が読めぇねぇんだって!」
「そんな学がないことを自慢げに言われても……」
「別に自慢はしてねぇよ。冒険者の識字率考えたら俺の方が多数派だぞ」
「なんでそんなネガティブな方に自信満々なのよ。薬草の見極めが出来ないのによくクエスト受けようと思ったわね」
「はめられたんだよ! やりたくてやってるわけじゃねぇ!!」
「そうね、バカだったわね。私が悪かったわ」
「おい、そこで引かれると俺が憐れみたいになっちゃうじゃんか」
「みたい?」
「へぇへぇ、どうせ俺は憐れなまぬけですよ~っと。そんな憐れでバカな俺の手伝いを頼みますよ、天才冒険者様」
「ま、仕方ないわね。あんたが毒草を王立中央病院に持ってったらギルドの沽券にかかわるもの」
いや、だからそんな沽券ないだろうちのギルドに。
「はぁ~あ、まったく何やってんだよ俺」
図鑑とにらめっこしながら草むしりをする自分を客観視してため息が出る。
別にこんな事したくてギルドに入りたかったわけじゃないんだけどな。
ただ誰かの役に立つ仕事がしたかっただけなのに。
……いや、これも誰かのためになる仕事か。
ここに来る前、ギルドでスズカに言われたことを思い出し、首を振る。
俺の良くないところが出ちまってるな。
そうだよな。薬がなくて困っている人が大勢いるって話だし、地味だけどこれも立派な人助けなんだ。
いい人になるって言うのはどうしても難しいもんだな。
「ん?……んだよ」
物思いにふけっていると、背中を叩かれる感触がした。
「こっちは忙しいんだ。邪魔すんなよな」
どうせリオナがちょっかいをかけてきているんだろうと思って、俺は振り返らずにあしらった。
けれど、背中を叩く力がどんどん強くなっていく。
「だからマジでなん、だああああああ!?」
後ろを振り返るとそこにリオナの姿はなく、野生のスライムが俺に体当たりをしてきていた。
「ちょっとうるさいわよ。薬草採取ぐらい静かに出来ないの?」
「いや、それどころじゃなくて。今、緑色のスライムに……緑? スライムって青色じゃないのか?」
よく見ると目の前にいるスライムは緑色に変色していた。
「なによ、ただのホブスライムじゃない」
「何が違うんだ?」
「スライムの上位種ってだけよ。けどEランク冒険者でも倒せるレベルの雑魚よ。あ、ごめんなさい。新入りのナメクジ君はFランクだったわね」
「悪かったな最低ランクで。やめろ、その同情する目!」
舐めやがって。スライムぐらい倒せるっての。
「見てろよ。俺の持つ黄金の右ストレートで一撃——ごばっ!!」
俺の放った右ストレートを華麗に躱し、ホブスライムは渾身の体当たりで俺を見事に突き飛ばした。
「い……いてぇ……あ~やべ。絶対あばら折れたわこれ。たった一撃でこの威力とはな。俺のスキルで服を硬化させたおかげで何とか耐えられたが、生身のまま食らったらヤバかった。これが上位種ってやつか」
「何シリアス顔で決めてるのよ、貧弱ナメクジ。Eランク冒険者が単独で狩れる程度の量産モンスターに苦戦なんかしちゃって。だいたいあなたのスキル使った程度でそんな分からないでしょ」
「んだよ。こっちは駆け出し冒険者なんだよ。Sランク冒険者様と一緒にするな」
「それ以前の問題よ。スキルだってまともに使いこなせていないみたいだし」
「じゃあ、お手本みせてくださいよ。せぇんぱぁい?」
「まったく、しょうがないわね」
リオナは腕を捲り気合を入れながら、ホブスライムの前に立ち——。
「ごぶっ!」
あっけなくホブスライムの体当たりを食らい吹っ飛ばされた。
「な、なんて強さなの? この私が……まさか、魔王の生まれ変わり!?」
「お前もシリアス口調で何言ってんだ。さすがにそれはないことくらい俺にでもわかるぞ。弱くなった自分を認めろよ。逃げんな」
「そ、そうね。やっぱり、三年のブランクはキツいわね」
そうだろうとは思っていたがやはりずっと引きこもり生活をしていたようだ。
まぁブランクってよりはやせ細った体が原因な気もするが。
「とにかく俺たちじゃあいつには敵わねぇ。いったん引くぞ」
ホブスライムから逃げるように近くの茂みに身を隠す。
「お前、魔法は使えるんだろ? なんでやんない」
「私の魔法は武器に纏わせて使うタイプだから、丸腰じゃ威力を発揮できないのよ」
「つっかえねぇな、マジのお荷物じゃねぇか。クエストなんだから武器くらい持って来いよ」
「そういうあなたはどうなのよ。魔法の一つくらいは使えるんでしょうね」
「甘く見てもらっちゃあ困る。下級魔法の一つすら使えねぇ」
「そんな事だろうと思ったわ」
「つか、魔法がむずすぎんだよ。どんだけイメージしても全然発動しないぞ。俺に魔力がないのか?」
「何言ってるのよ。イメージしたら使えるなんて魔法がそんな便利なもののはずないでしょ」
え、そうなの? 漫画やラノベの世界じゃ常識のはずだが。
「魔法は理論に基づいた演算によって発動するのよ。魔法術式を暗記して、状況に応じた演算をすることで発動できるようになるの」
ん? よく分かんないが数学の公式みたいなのがあるって感じなのか?
てか演算ってなんだよ。まさか戦闘中に暗算してるとか言わないよな。
剣と魔法の世界じゃないのかよここ。
「つまりさ、学のない人間には使えっこないってことか?」
「当たり前でしょ。イメージするだけで使えるなら魔法学校で何教えるのよ」
ぐぅ正論。
ラノベ知識のせいで魔法に対する変な偏見持っちまってた。
勉強しなきゃなのかよ、魔法。俺の一番苦手なやつじゃんか。
うちの姉ちゃんが普通に使いこなしているから、頭使うようなもんじゃないと思っていたのに。
あの人普通に頭いいのかよ。能天気なアホだと思ってたのに裏切られた気分だ。今度会ったら反抗期してやる。
けどそうなると、俺がまともに使えそうなのはスキルくらいのもんだが……。
「なぁ、さっき俺がスキルを使いこなせていないとか言ってたのはどういう意味だ?」
「もしかして、自覚なかったの?」
「自覚も何も、俺のスキルは触れた物をちょっとだけ硬くするだけの能力だぞ。隠された力とかないぞ」
「そうじゃなくて。周りにスキルについて教えてくれる人いなかったの?」
「姉ちゃんもスキル持ちだから教えてもらったけど、あんま要領得なくってな。気合とか根性とかやる気とかそんな感情論ばっかでためになんなかったし」
「はぁ~~~~~、しっっんじらんない」
リオナは深いため息をつきながら頭を抱える。
「あなた、人を偏見で判断して話を聞かないタイプね」
「えっ! いや……そんなことは………なくもないかもしれないが今それとどう関係があるんだよ」
「あなたのお姉さんの言っていることがスキルを使いこなすための全てってことよ」
「まさか、お前も体育会系なのか?」
「今、私は真面目な話してるんだけど」
「おい待て。俺は別にふざけてないぞ」
「感情、と言うより心がスキルを使う上で重要なのよ。喜び、高揚、愛情、愉悦と言った人のプラスの感情をエネルギーとしてスキルは発動するのよ。その意識なく使うとスキルの出力はしょぼくなるのも当然でしょ」
おいおいマジかよ。うちの姉ちゃんはちゃんと俺に教えてくれてたのかよ。感覚派すぎるから何にも参考にならんと思って今まで真面目に話聞いたことなかった。
これは今度正式に姉孝行をしてバランスを取らなくては。
「それじゃ、はいこれ持って」
リオナからそこらに落ちていた木の枝を手渡される。
「それにスキルを使ってみて。今までのようになんとなくじゃなくて、心の奥底に眠る感情を乗せて」
「そんな急に言われても。感情を乗せるってなんだよ。どうやんだよそれ」
「それなら大きな声で言葉にしてみて。でもネガティブな言葉じゃダメ。前向きな言葉で自分の本心を気持ちを込めて叫びなさい」
「ああ、それなら幾分か分かりやすい」
俺は木の枝を握りしめ、ホブスライムの前に立つ。
「俺はお前みたいな雑魚キャラにつまずいてらんないんだ。俺を見下してきた連中を絶対に見返してやんなきゃいけないんだ。そして——」
ホブスライムは馬鹿の一つ覚えみたいに一直線に突っ込んで来る。
その軌道に木の枝を構える。
「俺を騙したロリガキをぶん殴ってやる!!!」
俺の叫び、俺の怒り、俺の心の高ぶりに合わせてスキルが発動する。
いつもとは違う確かな感触。
硬化した木の枝が突っ込んできたホブスライムを突き刺し霧散させる。
「そう、それがスキルを使うということよ」




