8. 挫折
「そう、右のコントロールレバーは引きすぎない。魔力伝達系の出力を意識しながら、身体の延長として倒し込むんだ」
「は、はいっ・・・! こう・・・ですか!?」
ガシャコン、と重厚な駆動音とともに、白銀の機体が緩やかに右腕を上げた。
騎士科の地下訓練場。
真の隊長機にマスター登録された私は、アルカ・フレーム隊の臨時構成員として組み込まれていた。
隊員はレオン先輩のほかに、凄腕の操縦士である騎士科の男子先輩が二人。
そして・・・隊の中の「紅一点」であり、伝説のアレクシス先輩の機体を起動させた私を、隊員の人たちはただの普通科の女子生徒としてではなく、どこか畏敬の念を込めた「特別な存在」として扱っていた。
「すごいぞ、ヴァルシェイン! 騎士科の高等課程でしか教えない『魔力同期型の微調整』を、もうそこまでモノにしているなんて!」
「ああ。これなら僕たちのサポートに回るくらいは十分にこなせる。さすがは隊長機に選ばれた少女だ」
隊員の先輩たちが、手取り足取り親切に教えてくれる。
真の隊長機は、私の少しの動作や意識に驚くほど素直に反応してくれた。
(でも・・・)
コックピットの薄暗いモニターを見つめながら、私は密かに唇を噛みしめた。
動かせてはいる。
歩くことも、武器を構えることもできる。
けれど、レオン先輩たちの機体が見せる、あの鋭く洗練された跳躍や無駄のない攻撃動作に比べたら、私の動かし方はあまりにもぎこちない。
そして真の隊長機は、それをはるかに上回る性能のはずだ。
(この子の真の性能を・・・私は全然引き出せていない・・・)
機械兵の群れからユミちゃんを救った時のレオン先輩の動き。
あの圧倒的なスピードと破壊力。
今の私には、まだ程遠い気がしていた。
『おいレイチェル、浮かない顔してどうした。ビビって足が竦んでるのか?』
膝の上に座らせた雪男のぬいぐるみ『ゴンゴン』が、肘で私の脚を突っついてきた。
「ビビってないよ! ただ・・・私、本当に戦えるのかなって思って・・・」
その時だった。
『――緊急警報! 訓練エリア3に敵性反応! 魔法科の自律型機械兵器、複数接近!』
訓練場の天井に設置されたスピーカーから、甲高いサイレンが響き渡った。
ホログラムモニターに、赤く点滅する多数のアイコンが映し出される。
「くっ、まさかここまで嗅ぎつけてくるとは・・・! 全機、即時に迎撃姿勢をとれ!」
レオン先輩の鋭い指示が通信機から飛ぶ。
「みんな、魔法科の子たちを助けるための準備をしてるんだ・・・! 私がここで引き下がるわけにはいかない!」
「待て、ヴァルシェイン! 一人で前に出るな!」
先輩たちの制止を聞かず、私は操縦レバーを強く押し込んだ。
白銀の機体が、眩い光の粒子を噴き出しながら前線へと躍り出る。
「ハッ、相変わらず無鉄砲だな・・・! おいレイチェル、仕方ねえ、俺がナビゲートしてやる!」
「えっ・・・ゴンゴン!?」
『俺の感覚と機体のセンサーをリンクさせる! 敵の位置も動きも、全部お前の頭に直接叩き込んでやるから、しっかりついてこい!』
次の瞬間、私の視界が一変した。
ゴンゴンの言葉通り、目の前の空間がまるでチェス盤のように立体的に書き換えられていく。
(すごい・・・! 敵の動きが、次の瞬間にどこへ動くかまで・・・全部わかる・・・!)
ゴンゴンの超感覚的なサポートにより、白銀の機体は驚くほどの追従性を見せた。
立ち塞がる機械兵の攻撃をギリギリでかわし、装甲の薄い関節部へ的確に一撃を叩き込む。
いける。
これなら戦える!
だが――。
ガギィンッ! と、激しい衝撃が白銀の機体を襲った。
「くっ・・・!?」
機械兵の胸部を貫いた私の大剣が、装甲の隙間に噛み込んで抜けなくなったのだ。
引き抜こうと焦れば焦るほど、レバーが固く固定されてしまう。
気がつけば、一機、また一機と、無感情な赤目を光らせた機械兵たちが私を取り囲んでいた。
その数、十数機。
「しまっ・・・突出したせいで、囲まれた!?」
『おいレイチェル、剣を捨てろ! 引いて態勢を立て直せ!』
ゴンゴンが叫ぶ。
でも、私にはどうやってこの状況を脱すればいいのか分からなかった。
目の前の敵の位置も、次に繰り出される鋭い鉄の爪の軌道も、全部手に取るように見えている。
・・・なのに。
(どうやって・・・どうやって戦えばいいの・・・!?)
知識として動かし方は教わった。
敵の動きも見える。
けれど、私には肝心の『戦い方』――命を奪い合う土壇場での駆け引きや、身体に染みついた戦闘の呼吸というものが、決定的に欠落していたのだ。
ガンッ! ギィィンッ!
装甲を打たれる鈍い音がコックピット内に響き渡る。
火花が散り、警告音が耳を突く。
目の前で機械兵の爪が、コックピットの装甲を鋭く引っ掻いた。
「いや・・・嫌ぁぁぁっ!!」
死ぬ。
殺される。
冷たい鉄の塊に切り刻まれて、私はここで死ぬんだ。
前世のエミルナみたいに、冷たい地面の上で絶望しながら――。
圧倒的な死の恐怖が、13歳の私の全神経を支配した。
「助けて・・・助けて、レオン先輩・・・! ゴンゴン・・・っ!!」
下着の中に、じわじわと温かく嫌な湿り気が広がっていくのが分かった。
恐怖のあまり、膀胱の締め付けが効かなくなっていた。
恥ずかしさと、激しい恐怖と、情けなさ。
視界が真っ赤に染まり、私の意識はプツリと断ち切られた。
「・・・おい、・・・レイチェル! 目を覚ませ、レイチェル!」
誰かに揺さぶられて、私はゆっくりと目を開けた。
目の前には、白銀の通常機から降りてきたレオン先輩と、心配そうに私を覗き込む二人の隊員たちの顔があった。
周りには、破壊された機械兵の残骸が転がっている。
「先輩・・・たち・・・」
「よかった・・・無事だったか! 無茶をしやがって・・・!」
レオン先輩たちが胸を撫で下ろす。
けれど、私の意識がはっきりしてくるにつれ、耐えがたい現実が私を襲った。
下半身を包む、不快な濡れた感覚。
コックピットのシートに広がる、ツンとした匂いと冷たい湿り気。
(あ・・・私・・・)
恐怖のあまり、おもらしをしちゃったんだ。
隊員の先輩たちが、気まずそうにほんの少し視線を逸らした。
レオン先輩も、かける言葉を見失ったように口を噤んでいる。
知られた。
見られた。
13歳にもなって、戦うなんて意気込んでおいて、敵に囲まれただけで失禁して失神したなんて。
「う・・・うぁ・・・っ」
呆然としたまま、ボロボロと涙が溢れ出してきた。
なさけなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
魔法科の子たちを助けるどころか、自分一人すら守れず、こんな無惨な姿を晒して。
私はフラフラと立ち上がり、コックピットのシートから降りようとした。
『おいレイチェル!』
足元から、ゴンゴンの呆れたような、でもどこか容赦のない声が響いた。
『自分で汚した座席くらい、自分で掃除しろ! 次に乗る時気持ち悪いだろ!』
「・・・っ!」
その一言が、私の限界を迎えていた感情の導火線に火をつけた。
「うるさい!! だったらこうしてやるわよ!!」
私は泣きじゃくりながら、足元に転がっていたゴンゴンを引ったくるように掴み上げると、濡れて汚れたコックピットのシートへ思いっきり擦り付け始めた。
「こ、こらやめろ! 俺の自慢のモフモフの毛皮が・・・っ! 雑巾じゃねえんだぞ、やめろーっ!!」
「あんたが・・・あんたが余計なこと言うからでしょーッ! うわぁぁぁん!!」
ゴンゴンの悲鳴と、私の叫び声が格納庫に虚しく響き渡る。
「・・・あ、あの、ヴァルシェイン・・・」
「大丈夫かい・・・? タオルなら、僕のを使うかい・・・?」
泣きながらぬいぐるみでシートをゴシゴシと拭き続ける私の姿に、隊員の先輩たちはすっかり引いてしまっていた。
声をかけることすらできず、全員が戸惑いと気まずさでオロオロと立ち尽くしている。
普通科の女の子が、恐怖で失禁して泣き乱れているのだ。
どう扱えばいいのか分からなくなるのも当然だった。
(もうダメだ・・・)
(私には・・・無理なんだ・・・)
誰もが、そう思ったはずだ。
レイチェル・ヴァルシェインはこれで折れたのだと。
もう「戦う」なんて二度と言い出さないだろうと。
シートを拭き終え、ベソベソに濡れたゴンゴンを抱え直した私は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
呆然と私を見つめるレオン先輩たちに向かって、私は泣きじゃくりながら、かすれた声で、けれどはっきりとと言い放った。
「うぐっ・・・ぐすっ・・・私・・・あきらめないから・・・っ!」
涙を袖でゴシゴシと乱暴に拭う。
「どんなにカッコ悪くても・・・おもらししちゃっても・・・絶対に、あきらめないから・・・! 魔法科の子たちを・・・ぜったいに救うから!!」
私は胸を張り、泣き顔のまま先輩たちを真っ直ぐに見つめ返した。
静まり返る地下格納庫。
レオン先輩は目を見開いたあと、やがてその唇に、どこか誇らしげで、温かな笑みを浮かべた。




