7. アルカ・フレーム
「魔法科へ乗り込むと言っても、正面から丸腰で突っ込むのはさすがに自殺行為だ」
夜の静寂が包む校舎の地下深く。
レオン先輩の導きで、私たちは騎士科の敷地内にある隠しエレベーターを降りていた。
重厚な金属音が響き、最下層でドアが開くと、目の前に広大な空間が広がっていた。
無機質なコンクリートの壁と、立ち込めるオイルと金属の匂い。
そこは、騎士科の極秘施設――『アルカ・フレーム格納庫』だった。
「すごい・・・こんな場所が学校の下にあったなんて・・・」
私の隣で、ユミちゃんが息を飲んだ。
格納庫のハンガーには、巨大な人型機動兵器『アルカ・フレーム』がズラリと並んでいた。
高さ三メートルを超えるその威容は、圧巻の一言だった。
そこに並んでいる機体はどれも、鈍く光る無機質な『鉛色』に塗装されている。
そしてその一角にだけ、先ほど夜の路地裏で私たちを救ってくれた、白銀の装甲を持つ機体が佇んでいた。
「これらは騎士科の特命小隊に配備されている通常機だ」
レオン先輩が歩きながら説明してくれる。
「アルカ・フレーム隊は、僕を隊長とする全四名で構成されている。全員が騎士科の選りすぐりだ。機体も各自一機、計四機が配備されている。・・・ちなみに、さっき僕が乗っていたのは、隊長機を真似て特別に白銀の塗装を施しただけの『通常機』だよ。性能自体は、他の鉛色の機体と何も変わらない」
「そうだったんですか・・・」
私は鉛色の機体と、塗り直された白銀の通常機を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめた。
「レオン先輩。私にも・・・私にも、アルカ・フレームを操縦させてください!」
「何・・・!?」
レオン先輩が立ち止まり、驚いたように私を振り返った。
小脇に抱えられたゴンゴンがバタバタと暴れ出す。
「正気かレイチェル! アルカ・フレームは騎士科の訓練を積んだ者しか動かせない重兵器だぞ! 普通科の13歳が乗って動かせるような代物じゃない!」
「わかってるよ! でも、魔法科の中にいる女の子たちはたくさんいるの。レオン先輩たちだけで全員を抱えて逃げるなんて無理だし、私だって足手まといのまま守られるのは嫌なの!」
ユミちゃんを助けてくれたレオン先輩の戦う姿が、脳裏に焼き付いていた。
あの凄まじい破壊力を持つ機械兵器の力があれば、魔法科の分厚い装甲も、立ち塞がる警備システムも打ち破れるかもしれない。
「お願いです、レオン先輩! 操縦法なら、どんなに難しくても必死で覚えます! 私にも戦わせてください!」
まっすぐにレオン先輩を見つめると、彼は困ったように眉をひそめ、やがて小さくため息をついた。
「・・・気持ちは嬉しい、ヴァルシェイン。だが、物理的に不可能なんだ。ここにある四機のアルカ・フレームは、すでに僕を含めた四人の登録パイロットの生体認証と同期している。君が乗り込んでもシステムが起動しないんだ」
「そんな・・・じゃあ、予備の機体とかは・・・?」
「ない。・・・いや」
レオン先輩は言葉を濁し、格納庫のさらに奥――厳重なセキュリティゲートで閉ざされた、最深部のハンガーへと視線の向きを変えた。
「・・・ひとつだけ。例外がある」
「例外・・・?」
レオン先輩がゲートの暗証番号を入力すると、重い防爆シャッターがシューッと気体音を立てて上へと滑り上がっていった。
薄暗いハンガーの真ん中に、ポツンと鎮座していたのは――。
「あ・・・」
息が止まった。
そこにいたのは、本物の『白銀』だった。
さっきレオン先輩が乗っていた塗装の白銀とは、放つ輝きがまるで違う。
ただ塗られた銀色などではなく、金属そのものが内側から美しく神秘的な光を発しているかのようだった。
流線型の滑らかな装甲は気高く、胸部には見たこともない巨大なジェネレーターが鎮座し、停止している状態であっても、周囲の空気が重く震えるほどの圧倒的な存在感を放っている。
「これこそが・・・真の隊長機だ」
レオン先輩は静かな声で、その眩いばかりの機体を見上げた。
「さっき『四機』と言ったが・・・正確には違う。この真の隊長機は、従来の通常機とは根本から設計思想が異なる、唯一無二の機体なんだ。・・・かつて、僕の兄であり、騎士科の伝説と呼ばれたアレクシス・フェルメリアが駆った専用機だよ」
「アレクシス・・・先輩・・・」
噂には聞いたことがあった。数年前、騎士科でダントツの成績を誇りながら、ある日突然、世界の境界線の調査に向かったまま姿を消したという伝説の先輩。
「僕がさっき自分の機体を白銀に塗っていたのは、兄さんへの憧れと・・・いつかこの機体を動かしてみせるという誓いだった。だが、兄さんが消えて以来、この真の隊長機は誰の命令も受け付けなくなった。システムが完全に凍結され、僕がいくら乗り込もうとしても、同調すら拒絶されるんだ。だから・・・僕には動かせない」
レオン先輩は自嘲気味に微笑むと、真の隊長機の脚部装甲にそっと手を触れた。
「だから、君に乗せることもできない。この機体は、アレクシス兄さん以外の人間をコックピットにすら入れないんだ」
「そんな・・・」
八方塞がりの現実に、私は唇を噛みしめた。
やっぱり、私には何もできないのかな。ただレオン先輩の後ろについていって、守られることしかできないのかな。
その時だった。
『――警告。未知の生体波動を検知』
不意に、無人のはずの格納庫内に、『真の隊長機』から直接発せられた電子音声が響き渡った。
「え・・・!?」
ドクンッ、と胸の奥が跳ねた。
塗装の銀とは比べものにならない、圧倒的な眩しさを誇るその機体。
胸部のジェネレーターが突如として、神聖な琥珀色の光を爆発させるように放ち始めたのだ。
ブォォォン・・・という澄んだ重低音が格納庫全体に伝播し、足元の床が震える。
「な・・・なんだ!? システムが勝手に・・・!?」
レオン先輩が目を見開き、驚愕の声を上げる。
凍結されていたはずの真の隊長機が、まるで長き眠りから目覚めた巨人のように、ガシャコンと静かな駆動音を立てて前傾姿勢をとった。
胸部の装甲が滑らかにスライドし、内部のコックピットシートが解放される。
そして、そのセンサーの瞳――鮮烈な青い光が、まっすぐに私を捉えた。
『――適合者コード・エミルナを認識。マスター登録を変更します』
電子音声とともに、眩い白銀の光の帯が機体から伸び、私の手元へと降り注いだ。
「えっ・・・私・・・!?」
「おいレイチェル、離れろ! 機体が暴走しているぞ!」
ゴンゴンが焦った声を上げるけれど、不思議と恐怖はなかった。
胸の奥――私の中に眠る『エミルナ』の記憶が、そして13歳の私自身の魂が、この神秘的な白銀の輝きと確かに引き合い、深く共鳴しているのを感じた。
真の隊長機は、まるで長年待ち望んでいた主を迎え入れるかのように、静かにコックピットへのステップを私に向かって差し伸べていた。
「嘘だろ・・・。僕の真似事の白銀にはビクともせず、アレクシス兄さん以外の誰も受け入れなかった機体が・・・」
レオン先輩が呆然と立ち尽くし、目を見開いたまま私と、その神々しい輝きを放つ機体を交互に見つめている。
「ヴァルシェイン・・・君は一体・・・?」
白銀の眩い光に包まれながら、私は吸い寄せられるように、機体へと一歩を踏み出していた。




