6. 決意
「魔法科は・・・学校なんかじゃない・・・。あそこは、前世の記憶を持った女の子たちを・・・『燃料』にするための、処理場だったの・・・」
ユミちゃんの口から漏れた言葉は、暗闇の路地裏に冷たく響いた。
「燃料・・・? 一体どういうことなの、ユミちゃん!?」
私は屈み込み、震えるユミちゃんの肩を強く抱きしめた。ユミちゃんは私の腕の中で歯をガチガチと鳴らし、焦点の定まらない目でボロボロと涙をこぼしながら、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「・・・魔法科の校舎にはね、先生なんて一人もいないの」
「え・・・? 先生が、いない・・・?」
「うん。講義も、実技の指示も、全部壁や天井から流れてくる合成音声と機械のモニター・・・不自然なまでに全部が自動化されてるの。私たちが前世でどんな成果を出したかも、今どれくらい魔力を扱えるかも、全部システム管理されてて・・・」
ユミちゃんは呼吸を乱しながら、恐ろしい記憶を拒絶するように首を振った。
「授業の内容だって、おかしいの・・・。ルミちゃんが夢見てたみたいな、宮廷魔導士が使うようなカッコいい攻撃魔法や応用理論なんて、何ひとつ教えてくれない。毎日毎日、暗い部屋で怪しい魔導陣の上に座らされて・・・ただ体内の魔力を限界まで練り上げて、引き出すトレーニングばかり・・・」
「魔力を・・・引き出すトレーニング・・・」
私の脳裏に、昼間、頭の中に直接流れ込んできた「あの少女たちの悲鳴」が蘇る。
『助けて・・・冷たい・・・』
『魔法科になんて来なければよかった・・・』
あの悲痛な叫びは、気のせいなんかじゃなかったんだ。
「それにね・・・定期的に、絶対に断れない『魔力検査』があるの」
ユミちゃんの声が一段と低く、激しく震え出した。
「冷たい金属のベッドに拘束されて・・・服の上から怪しい触手みたいな管を何本も刺されて・・・魔力を力ずくで吸い上げられるの。逃げようとすると電流が流れて・・・屈辱的で、怖くて・・・! 検査が終わる頃には、みんな立っていられないくらいボロボロになっちゃうの・・・」
私は息を飲んだ。
優秀な女子生徒たちがこぞって進学する憧れの『魔法科』。
前世の才能を開花させ、王都や遠くの街で活躍していると誰もが信じていた場所。
その実態は、生徒を「人間」として扱わない、恐ろしい実験場だったなんて。
「そしてね・・・その『魔力検査』で、魔力の数値が高くなった子から順番に・・・消えていくの」
ユミちゃんは私の服をぎゅっと掴み、縋りつくように見上げてきた。
「・・・噂されてたの。魔力が一定の基準を超えた生徒は、上の層へ呼ばれたきり二度と戻ってこない。みんな密かに『収穫』されてるんだって・・・。世界を維持するための・・・何かの『燃料』として使われてるんだって・・・!」
「収穫・・・!?」
「次は・・・次は私の番だったの! 今日の夕方の検査で、私の魔力数値が閾値を超えたって警告音が鳴って・・・! 怖くなって、夜中に必死で宿舎の網を破って逃げ出してきたの・・・! そうしたら、あの機械兵たちが追ってきて・・・っ!」
ユミちゃんは私の胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
「レイちゃん・・・助けて・・・! ルミちゃんにも、普通科のみんなにも言えなかった・・・! だって、みんな魔法科を『憧れの場所』だと思ってるから・・・言っても信じてもらえないと思って・・・っ!」
言葉を失う私のかたわらで、レオン先輩が静かに拳を握りしめていた。アルカ・フレームのハッチの脇に佇むその顔には、悲痛な色が浮かんでいる。
「・・・やはり、そうだったか」
「レオン先輩・・・知っていたんですか!?」
「確証はなかった。ただ・・・騎士科の極秘データベースにも、魔法科の『卒業生』のデータだけは一切存在しなかった。彼らは卒業しているのではない。言葉通り・・・『消費』されていたんだ」
レオン先輩は暗い空を見上げた。
雲ひとつない人工の空。
境界線に見える、かすかな空間の歪み。
「この街・・・いや、この人工ドーム状の世界全体を維持しているエネルギー源が、一体どこから供給されているのか。ずっと疑問だった。・・・前世の記憶を持ち、高密度の魔力を宿した少女たちを『燃料』として使う事で、この偽りの平穏が保たれているとすれば・・・」
悪夢だ。
あまりにも惨すぎる。
前世で必死に生き、無念の死を遂げ、今世こそはと夢を抱いて魔法科へ進んだ女の子たち。
ルミちゃんが「憧れ」と目を輝かせていたあの場所は、夢を叶える舞台などではなく、人間を都合のいいエネルギー資源として屠殺する処理場だったのだ。
「・・・おい、レイチェル。もう十分だろ」
冷ややかな声が、私の腕の中から響いた。
雪男のぬいぐるみ『ゴンゴン』が、つぶらなプラスチックの瞳を私に向けていた。
「言ったろ。『魔法少女になるのだけは絶対やめろ』って。『魔法科には関わるな』って。世界の仕組みがどうだとか、他人がどうなろうと、お前が首を突っ込む筋合いはない。今すぐこの街を捨てて、遠くへ逃げるぞ」
「ゴンゴン・・・? でも、そんなの・・・っ!」
「お前ひとりの力で何ができる!? 前世のエミルナですら、どうにもできなかったんだ!」
ゴンゴンが激しい声を張り上げた。
ぬいぐるみの小さな身体が、怒りと恐怖で震えている。
「『特別な力がある』なんて煽られて、綺麗な言葉で持ち上げられて、行き着いた先は血と泥の戦場だった! 10歳で惨死したあいつの二の舞になりたいのか!? お前はただの13歳の少女だ! 他人の生き死にまで背負う必要なんてないんだよ!」
「・・・っ」
ゴンゴンの言葉が、胸に鋭く刺さる。
そうだよ。
ゴンゴンの言う通りだ。
私の中にいる『エミルナ』は、10歳で死んだ。
魔法少女なんて言っても、その力は戦場では何の役にも立たず、冷たい雨の中で絶望しながら死んでいった。
今世の私だって、ただの『普通科』の生徒だ。
魔法科の優秀な子たちみたいに大魔法が使えるわけでもない。
機械兵の一体すら倒せず、ただ怯えて逃げ惑うことしかできなかった惨めな女の子だ。
関わらなければいい。ユミちゃんを連れて、レオン先輩に頼んで、この街から遠くへ逃げ出せばいい。
・・・でも。
(本当に・・・それでいいの・・・?)
目をつむると、思い出す。
私の中でずっと静かに泣いていた『エミルナ』の感触。
そして、今日授業中に私の脳内に流れ込んできた、顔も知らない女の子たちの絶望の悲鳴。
『助けて・・・』
『冷たい・・・』
『誰か・・・私を助けて・・・!』
彼女たちも、私と同じだったんだ。
「前世の記憶」なんていう不条理な手札を持たされ、大人たちの都合の良い言葉に躍らされ、希望を抱いて踏み込んだ先で、誰にも気づかれないまま冷たい金属のベッドで削り取られていく。
もし私がここで背を向けて逃げ出したら。
ルミちゃんも・・・いつか魔法科編入試験に合格して、あの処理場へ送られてしまうかもしれない。
私の前世が、もし本当に「10歳で死んだ惨めな魔法少女」だったとしても。
今、私の目の前で泣いている友達を、見捨てて逃げるための理由にしていいはずがない。
「・・・ううん」
私は小さく首を振った。
「レイチェル・・・?」
ゴンゴンが驚いたように声を漏らす。
私は腕の中のユミちゃんをしっかりと抱き直し、地面を強く踏みしめて立ち上がった。
足の震えは、もう止まっていた。
「逃げないよ、ゴンゴン」
「正気か!? お前に何ができるってんだ! 魔法少女の真似事でもするつもりか!?」
「魔法少女なんかにならないよ。あんな悲惨な前世なんていらないし、エミルナのマネなんてするつもりもない」
私は前髪を払い、まっすぐにレオン先輩と、そしてゴンゴンを見つめた。
「私はレイチェル・ヴァルシェイン。ただの、13歳の普通科の生徒だよ」
息を吸い込み、自分の意志を言葉に変える。
「でも・・・知っちゃったから。みんなが憧れる『魔法科』の裏で、女の子たちが苦しんでるって知っちゃったから。私の友達を、あんな目に遭わせた奴らを・・・絶対に許さない」
胸の奥で、ずっと冷たく固まっていた何かが、カチリと熱を帯びて噛み合わさる感覚がした。
「私、魔法科に行くよ。もちろん入学じゃなくて・・・。捕まっているあの子たちを・・・全員、助け出すために!」
「ヴァルシェイン・・・」
レオン先輩の瞳に、強い光が宿った。彼は私の覚悟を確かめるように深々と頷くと、大剣を背中のホルダーに収め、手を差し伸べてきた。
「いい顔になったな。・・・僕も一緒に行く。騎士科の首席として、そして・・・君を守ると決めた、僕の意志として」
「レオン先輩・・・ありがとうございます!」
「ハッ、正気の沙汰じゃねえ・・・!」
ゴンゴンは頭を抱えて深いため息をついたけれど、そのプラスチックの瞳の奥で、小さな赤く温かい光が灯っていた。
「言っておくがな、レイチェル。俺はお前を死なせるつもりは毛頭ないからな。・・・行くなら徹底的に暴れて、あのふざけた施設をぶっ潰してやる!」
「うん! よろしくね、ゴンゴン!」
夜風が路地裏を吹き抜けていく。
ドーム状の空の向こう、不気味に蠢く境界線の闇を見つめながら、私は握りしめた拳にギュッと力を込めた。
10歳で途切れたエミルナの記憶ではなく、13歳の私が今、自分の意思で選択した戦い。
魔法科の囚われた少女たちを救い出すための、私たちの反撃が始まろうとしていた。




