3. 初恋?
「ヴァルシェイン。早く発表しなさい」
教師の冷たい催促に、生きた心地がしなかった。
手に握りしめた白紙の作文用紙が、汗でじんわりと湿っていく。
(どうしよう・・・『10歳で泥に塗れて死んだ魔法少女です』なんて言ったら、絶対に笑われる・・・!)
喉が引きつり、呼吸が浅くなる。
パニックになりかけたその瞬間――ズキン、と脳奥を刺すような激痛が走った。
(え・・・なに、これ・・・!?)
今まで私の頭の中にいたのは「エミルナ」というひとりの記憶だけだったはずだ。
それなのに、まるで壊れたラジオのチューニングが狂ったように、無数の「知らない誰かの声」が脳内に直接流れ込んできた。
『助けて・・・冷たい・・・』
『魔法科に行けば、幸せになれるって言ったのに・・・』
『私を・・・思い出して・・・』
幼い少女たちの、切実で悲痛な絶望の叫び。
「あ・・・がっ・・・!?」
「レイちゃん!?」
ルミエラの悲鳴が遠く聞こえたのを最後に、私の視界は真っ暗に染まり、意識は深い闇へと転落した。
◇
「・・・ん・・・」
心地よい風が頬を撫でる感覚で、私は目を覚ました。
白い天井。
ほんのりと漂う消毒液の匂い。
窓から差し込む柔らかい光。
(ここは・・・保健室・・・?)
自分が授業中に倒れたことを思い出して跳ね起きようとしたが、頭に残る軽いめまいに「うぐっ」と眉をひそめた。
「まだ急に動かない方がいい。先生なら今、職員会議で留守だ」
低く落ち着いた声が、すぐ隣から響いた。
驚いて視線を向けると、保健室の丸椅子にドカッと腰掛け、ベッドのパイプフレームに背中を預けている男子生徒がいた。
整った顔立ち、凛とした佇まい、そして胸元に輝く騎士科のゴールドエンブレム。
「れ、レオン・・・先輩・・・!?」
騎士科の頂点に立つ絶対的エース、レオン・フェルメリアその人だった。
あまりの事態に、私は貧血も忘れて目を丸くした。
「な、なんでレオン先輩が保健室に・・・!? お怪我ですか!?」
「いや。ただのサボりだ」
「さ、サボり!? あの『真面目の体現者』って呼ばれてるレオン先輩がですか!?」
思わず素でツッコミを入れてしまった私に、レオン先輩はフッと視線を逸らした。
あの完璧超人と名高いレオン先輩が、あからさまに気まずそうな顔をしている。
あまりにも珍しい光景だ。
「・・・毎日、稽古と座学ばかりでな。たまには息抜きがしたくなったんだ。日当たりが良い場所を探していたら、たまたまここが空いていた」
「た、たまたまって・・・ここ保健室ですよ・・・?」
まさかあのレオン先輩が授業をサボって保健室でサボり飯ならぬサボり昼寝を決め込もうとしていたなんて。
学校中の女子が知ったら幻想が崩壊するかもしれない。
「それより、君の方だ、ヴァルシェイン」
レオン先輩は誤魔化すように咳払いをして、真剣な瞳を私の方にに向けてきた。
その迫力に、心臓が飛び出るかというほど驚いて、思わず肩を跳ねさせる。
「君が授業中に倒れたと聞いて、ルミエラ達が運んでくるのを見かけた。・・・うなされていたぞ。『助けて』とか、『冷たい』とか」
「えっ・・・私、そんなことを・・・」
「ああ。・・・それと、うわ言でつぶやいていた言葉が気になってな」
レオン先輩は身を乗り出し、私の目をじっと見つめ返してくる。
顔が近い。
顔面偏差値が高すぎて直視できない。
「『外側の戦場』・・・『適合体』・・・そう言っていた」
「ヒッ・・・!?」
私の背筋にツーっと冷や汗が走る。
倒れる直前、脳内に流れ込んできた謎の意識たちの言葉を、無意識に口に出していたのだろうか。
「あの言葉は、現世の文献にも、前世の一般的な記憶にも存在しないはずだ。だが・・・僕の前世の記憶――『世界の境界線を守る騎士団』の最期の記録と、奇妙に合致する」
レオン先輩の表情からサボり魔のゆるさは完全に消え去り、凄まじい熱量を帯びた眼差しへと変わっていた。
「ヴァルシェイン。君は・・・あの『世界の境界線』の向こう側で、一体何が起きているのか知っているのか?」
「え、あ、あの、私・・・! 本当に何も知らなくて・・・っ!」
私は赤面と困惑と恐怖でパニックになる。
その時、トントン、とベッドの脇に置かれていた雪男のぬいぐるみ『ゴンゴン』が、まるでふたりを諫めるかのように、ベッドの振動でコロンと転がった。
「・・・すまない。倒れた人に詰問するような真似をした」
レオン先輩はハッと正気に戻ると、気まずそうに髪をかき上げ、転がったゴンゴンを拾い上げてレイチェルの膝の上に優しく置いた。
でもその手つきがやけに丁寧で、私は余計に胸がドキンと跳ね上がる。
「だが、もし君が何かに怯えているなら・・・僕を頼るといい。騎士科の首席として、そして・・・君の力になりたいと思う、ただの一人の男として」
真顔でサラリとトンデモナイ男前発言をかますレオン。
「へっ・・・!? た、ただの男・・・!?」
「なんだ、変なことを言ったか?」
「い、いいえ! なんでもありませんっ!!」
真っ赤になってぬいぐるみを抱きしめる私と、自分の発言の殺傷能力にまったく無自覚なレオン先輩。
暗い世界の謎と、前世の忌まわしい記憶。
重苦しい運命の歯車が動き出す音を聞きながら、私、レイチェル・ヴァルシェインの13歳の日常は、なんだか妙な方向へと転がり始めていた。




