2. 転生なんて信じない!②
チャイムが鳴り響き、教室のドアが無機質な音を立てて開いた。
壇上に立ったのは、見るからに神経質そうな中年教師だった。
教卓をポンポンと叩き、黒板に大きく文字を書き殴る。
『前世の記憶を生かしたこの世界の攻略法』
「はい、全員着席。今日の授業は、先週出しておいた作文の発表だ。
自分の前世の能力や経験を、この社会でどう活かして『勝ち組』になるか。一人ずつ順番に読んでもらう」
教室がにわかに活気づいた。
「よし、最初はバートン!」
「はいっ!」
指名された男子生徒が勢いよく立ち上がり、自慢げに原稿用紙を広げた。
「僕の前世は、隣国で商業ギルドの幹部を務めていた男です! その知識を活かし、現世では物流の利権を握って若くして莫大な財を成す計画です!」
「よろしい。具体的で極めて現実的な攻略法だ」
教師の満足げな頷きに、生徒たちから「おお〜」と感心の声と拍手が湧き起こる。
続いて女子生徒が立つ。
「私は前世で宮廷調薬師の助手でした! 今世では魔法科の薬学専攻に進み、この街にまだない回復ポーションを量産化して、上流階級への仲間入りを果たします!」
「素晴らしい。自分の前世の『価値』を完璧に理解しているな」
誇らしげに胸を張るクラスメイトたち。
彼らは皆、己の前世という最高の手札を切り、この世界の『攻略』に夢中だった。
(やめて・・・お願いだから、私を指さないで・・・!)
私は机の下で拳を硬く握りしめ、前髪を深く垂らしてひたすら気配を消していた。
心臓が早鐘のように打つ。
もし当てられたら、なんて言えばいいのだろう。
『私の前世は、10歳で血と泥に濡れて死んだ自称・魔法少女です。あるのはおまじない程度の子供の知識だけで、何ひとつ社会の役には立ちません』なんて、口が裂けても言えるはずがない。
そんな惨めな告白をしたら、きっと哀れみと失笑の的にされる。
背中にじっとりと冷や汗が伝うのを感じながら、私はただ祈り続けていた。
その隣で――親友のルミエラは、先生の話もクラスメイトの発表も完全にシカトしていた。
カリカリ、カリカリ。
机の上に広げられているのは、授業の作文用紙ではなく、難解な魔法陣と古代語がびっしりと書かれた『魔法科編入試験・過去問題集』だ。
ルミエラは猛烈な勢いでペンを走らせている。
「・・・ねえ、レイちゃん」
授業中だというのに、ルミエラが視線も上げずに小声で話しかけてきた。
「レイちゃんはいいよねぇ。前世の記憶に頼らなくても元から頭良いし、魔法の資質も高くて魔法科から直々にスカウトされてたんでしょ? なのに蹴って普通科にいるんだもん。余裕があって羨ましいわー」
「っ・・・そ、そんなんじゃないよ・・・」
私は消え入るような小声で返した。
ルミエラの言う通り、私は半年前、魔法科の担当者から直接編入の打診を受けていた。
前世の記憶とは無関係に、彼女の身に宿る魔力測定値が異常に高かったからだ。
しかし、私はその誘いを断った。
(だって、おかしいじゃない・・・)
みんなが羨ましがり、憧れる『魔法科』。
前世で優秀だった女子たちが集められ、将来を約束されるはずの最高峰の教育機関。
けれど――魔法科に進学した先輩たちの姿を、卒業後に見た者が一人もいない。
「王都の要職についた」「遠くの街で活躍している」と噂されてはいるが、連絡が取れたという話すら聞いたことがないのだ。
まるで、魔法科という境界線を越えた瞬間、この世界から神隠しにでも遭ったかのように消えてしまう。
そして、もうひとつ。
私の胸をざわつかせるのは、自分の中に眠る『エミルナ』の泥々とした記憶だ。
エミルナもまた、幼い頃に特別な力を信じて集められ、美しい言葉で飾られた場所へ連れていかれた。
そして与えられたのが、あの血生臭い「魔法少女」としての残酷な戦場だった。
(・・・魔法科は、本当に『憧れの場所』なの?)
(優秀な女の子を集めて、あの人たちは一体・・・何をさせているの?)
「はい、次は――レイチェル・ヴァルシェイン」
冷たい教師の声が、警戒していた私の思考を鋭く切り裂いた。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
「・・・え?」
顔を上げると、教壇の教師が眼鏡の奥の光らない目を私に向けられていた。
教室中の視線が、一斉に私に集まる。
「ヴァルシェイン。お前は魔法科の推薦の打診を断ったそうだな。前世でさぞや素晴らしい功績を残し、この普通科で独自の『攻略法』でも温めているのかね? 聞かせてみなさい」
嘲笑を含んだ教師の問いかけに、クラス中が興味津々といった様子で静まり返る。
隣でルミエラが「レイちゃん、がんばれ」と呑気に小さく手を振った。
私は生きた心地がしないまま、震える手で何も書いていない真っ白な作文用紙を抱えて立ち上がった。
肩の上の雪男のぬいぐるみ『ゴンゴン』が、まるで私を守るように、つぶらなプラスチックの目で教室を見回していた。




