1. 転生なんて信じない!①
「前世の記憶があるから、私は生まれ変わりだ」
私はそれを、すんなり受け入れられるほど素直な性格じゃない。
この世界では、私の他にはだれも疑いもしないソレが、実は間違いじゃないかと思い始めたのは、私が13歳の誕生日を迎えた頃だった。
その前世の記憶は、本当に私自身のものなの?
もし偽物だとしたら、私の頭の中に居座っている「自分以外の誰か」の、たった10年で途切れた惨めな人生は、一体どこから流れてきたんだろう。
バースデーケーキに立てられた13本のローソクが、パチパチと小さな音を立てて爆ぜる。
家族の「おめでとう」の歓声の中で、私は自分の手を見つめていた。
少しずつ大人びてきた私の手。
でも、目を閉じれば今でも思い出せるのだ。
魔法のステッキを握りしめ、血と冷たい泥に塗れて絶望的な戦いに挑んだ、あの「幼い手」の生々しい感触を。
そして、無念すぎる最期を・・・。
「さあ、レイチェル。火を消す前に願い事をして」
お母さんが優しく背中を叩く。
私は微笑んで小さく頷き、息を吸い込んだ。
・・・けれど、心の中で呟いたのは、願い事なんかじゃなかった。
(お願いだから教えて。私の中にいる『エミルナ』は、いったい誰?)
バースデーケーキのローソクを吹き消した翌日、私はいつもの通学路を歩きながら、肩の上の重量感にそっと触れた。
そこにチョコンと乗っているのは、白い毛並みの雪男のぬいぐるみ『ゴンゴン』だ。
物心ついた時にはもう大事に抱きかかえていた。
今世の私にとっては「幼い頃、大切な人からもらった宝物」という曖昧な記憶しかないけれど――前世の記憶の中の私・・・エミルナ・ヴァルシェインにとっても、ゴンゴンはずっと肌身離さず一緒にいた相棒だった。
(でも・・・名前が同じ『ヴァルシェイン』だなんて、雑な設定にもほどがあるでしょ)
私は心の中で毒づく。
今世の私の名はレイチェル・ヴァルシェイン。
前世の名はエミルナ・ヴァルシェイン。
同じファミリーネームなんて、まるで誰かが適当に作った物語のようだ。
この街では――ううん、この人工的なドームの空に包まれた『この世界』では、「前世の記憶」を持つことは何ひとつ珍しくない。
「おはよう、レイちゃん! 聞いちゃってよ、昨日の魔法理論の基礎テスト。前世で上級魔導師だったはずなのに、詠唱の構成式すっかり忘れてて赤点ギリギリだったわー!」
隣に並んだ親友のルミエラ――ルミちゃんが、制服の裾を揺らしながらケラケラと笑う。
双子の妹のユミちゃんは魔法科に通っているけれど、ルミちゃんは落ちちゃったらしくて私と一緒に普通科に通っている。
「ルミちゃんの前世って、確か宮廷魔導士だったんだっけ?」
「そうそう! 30歳で魔獣の討伐中に死んじゃってさ。だから今世こそは魔法科に編入して、大魔導師になってやるって誓ってんの!」
校門をくぐれば、そんな会話があちこちで日常茶飯事として飛び交っている。
「俺の前世、隣国の騎士団長だったから剣術と筋トレなら任せろって」
「私の前世は王立調薬師の娘。だからハーブの配合にはうるさいの」
みんな、自分の前世を誇らしげに語り合い、当然のように受け入れている。
前世で優秀だった女子のほとんどは、選ばれた者だけが通える憧れの『魔法科』へと進学していく。
けれど、私――レイチェルだけが、ずっと胸の奥に冷たい嫉妬と違和感を抱えていた。
(みんなはいいよね。前世の記憶が『役に立って』)
私の頭にある記憶の中の自分――『エミルナ』は、10歳で死んだ。
しかも、自称『魔法少女』として。
今や13歳になった私の方が現世の人生は長いし、エミルナが覚えていた幼い「おまじない」レベル知識なんて、この世界で生きていくためには何ひとつ役に立たない。
もちろん都合よく無双なんてできるわけもない。
そしてあまりにも惨めで、考えたくもない悲惨な最期。
やっかみ半分もあって、私は自分が「生まれ変わり」だなんて口が裂けても信じたくはなかった。
私たちが通っているのは『普通科 普通クラス』。
優秀な女子がこぞって『魔法科』へ行ってしまうため、普通科全体で見れば男子の方が成績が良いことが多い。
ただし、本当に優秀な男子たちは全員『普通科 騎士クラス』通称、騎士科に集められている。
だから私たちがいる普通クラスは、皮肉にも一番「男女対等」で、前世の記憶に振り回されない呑気な空間だった。
「ねえ、ルミちゃん」
私は鞄のバンドをギュッと握りしめ、隣を歩く親友に問いかけた。
「魔法科に行った先輩たちって・・・卒業したあと、どこで活躍してるか知ってる?」
「え? どこって・・・そりゃ、王都の要職とか、遠くの街じゃない?」
「でも、誰も姿を見かけないじゃない。魔法科に行った優秀な女の子が、いつの間にかいなくなるって噂・・・聞いたことない?」
「うーん・・・考えすぎだよレイちゃん! それよりさ、今日の放課後、騎士クラスの首席のレオン・フェルメリア先輩が普通科のグラウンドで稽古するらしいよ! 見に行こうよ!」
ルミちゃんは気にも留めず、憧れの先輩の名を挙げて目を輝かせた。
レオン先輩。
騎士科の頂点に立つ彼は、女子たちの注目の的だ。私も密かに憧れてはいるけれど・・・胸のざわめきは消えない。
ふと見上げた空。
雲ひとつない快晴のはずなのに、地平線のかなた、世界の『はて』にあたる境界線には、かすかな歪みが見える。
まるで、この世界全体が巨大な鳥かごの中に閉じ込められているかのように。
魔法科の不穏な噂。
世界が異様に『狭い』という違和感。
そして、私の中に眠る「10歳で死んだ魔法少女」の記憶――。
チャイムの音が、嵐の予鈴のように校舎の中に響き渡った。




