13. 決着 そして・・・
宇宙からの補給線を断たれた『機械兵』たちは、もはや希望を取り戻し、士気の上がった私たちの敵ではなかった。
地下施設から救出された魔法科の女の子たち――すなわち『燃料』を失った時点で、コロニー内の敵施設は急速にエネルギー切れを起こしていた。
そこへ『朽ちた惑星』からの救援まで完全に途絶えたのだから、勝敗は決したも同然だった。
アルカ・フレーム隊と解放された人々の手によって、機械兵の管理拠点や監視タワーは次々と落とされ、壊滅。
こうして、長きにわたる偽りの平穏と搾取の時代は終わりを告げ、第三コロニーの完全奪還は達成されたのだった。
――それから数日後。
平和を取り戻しつつある街の喧騒から少し離れた風通しの良い高台で、私は一人、膝を抱えて座っていた。
(・・・はぁ)
本日何度目になるかわからない大きなため息をつく。
(・・・なによ、レイチェル。さっきからため息ばっかりついて! せっかく『偽りの世界』をぶち壊してコロニーを取り戻したっていうのに、暗い顔しないでよ!)
脳内で呆れたように、けれど心配そうにエミルナの声が響く。
「・・・だってさぁ・・・」
私はポツリと呟く。
膝の上で丸くなっていたゴンゴンが片目を開けて「またか」と言いたげな顔をした。
(・・・で? 本当に振られたの? レオンの奴に)
「うん・・・。さっき、基地の裏手でちゃんと気持ちを伝えたんだけどね。『ごめん、ヴァルシェイン。君の気持ちは嬉しいけれど、応えることはできない』って・・・」
(はぁ!? 意味わかんないんだけど! あんたみたいな可愛くて、強くて、健気で、最高に素敵な女の子を振るなんてどうかしてるわ! あいつ目ついてんの!? あんたより素敵な女の子なんて、このコロニーのどこ探したっていないわよ!!)
自分以上に激怒してプンプンと鼻息を荒くするお姉ちゃんの姿が目に浮かび、レイチェルは思わず苦笑してしまった。
「ううん、いいの。・・・レオン先輩、他にずっと想い続けてる人がいるんだって」
(はあ? 想い人ぉ? あんたみたいな素敵な女の子を振ってまで抱え込んでる想い人って誰よ! 魔法科の他の女の子!? それとも別の・・・)
「・・・ううん。レオン先輩が幼い頃に憧れた・・・『魔法少女・エミルナ』なんだって」
(・・・は?)
エミルナお姉ちゃんの威勢のいい声がピタリと止まった。
「昔、機械兵に襲われそうになった時に救ってくれたって。それ以来、ずっとその背中に憧れて、追いかけてきたんだって・・・『僕の心には、あの時命をかけて戦ってくれた彼女しかいない』って言われちゃった。・・・ふふ、仕方ないよ。お姉ちゃんにはかなわないもん」
私は少し寂しそうに作り笑いをすることしかできなかった。
本物の、伝説の魔法少女。
10歳で散っていった実の姉。
今の自分がどれだけ背伸びをしたって、レオン先輩の心の中で神格化されている「エミルナ」という存在を超えることなんてできない。
だが、静まり返っていた脳内から、地獄の底から響くようなエミルナの低い声が漏れ出した。
(・・・あの・・・馬鹿・・・っ!!)
「え・・・? お姉ちゃん・・・?」
(知ってるはずなのよ・・・っ! あの愚弟が・・・っ!!)
エミルナのあまりの憤りように、レイチェルは目を丸くした。
「知ってるって・・・何を? レオン先輩が・・・?」
(な、なんでもないわよっ!! とにかくあいつは超弩級の唐変木ってこと!!)
「お姉ちゃん? 急にどうしたの・・・?」
普段の強気なエミルナとは明らかに違う、どこか狼狽したような気配。
レイチェルがしつこく問い詰めると、エミルナは急に気まずそうに咳払いをした。
(・・・あのね、レイチェル)
脳内の声が、蚊の鳴くような小さな、そして猛烈に照れくさそうな声に変わる。
(・・・あたしが好きだったのは・・・アレクシス・フェルメリア。・・・あいつの、お兄ちゃんだけよ・・・っ!)
「えっ・・・!? レオン先輩の・・・お兄さん・・・!?」
(そうよ! あたしとアレクシスは、あの戦火の中で誓い合った仲だったの! レオンの奴だって、当時小さかったとはいえ、あたしと兄貴の関係を知ってたはずなのよ! なのに『憧れの魔法少女』なんて都合のいい思い出にしてあんたを振るなんて・・・あーもうっ! 恥ずかしいじゃないのバカ!!)
顔を真っ赤にして脳内でのたうつエミルナの気配に、レイチェルはぽかんと口を開けた。
かつてコロニーを守るために戦った伝説の魔法少女エミルナ。
彼女が本当に愛していたのは、レオンではなく、その亡き兄・アレクシスだったのだ。
『ケッ、思い出しただけでも甘甘で吐き気がするゼ。エミルナの奴、アレクシスの前じゃしおらしいフリしてやがったからな』
膝の上のゴンゴンが、やれやれと首を振る。
(ちょっとゴンゴン! 余計なこと言わないでよっ!!)
真っ赤になって怒るエミルナの声を聞きながら、私の胸の中に、すーっと温かい風が吹き抜けていった。
憧れの存在だった「エミルナお姉ちゃん」は、自分にとってのライバルなどではなく、ただ一人の人を愛し抜いた、等身大の女の子だったのだ。
(・・・いい? レイチェル。あの唐変木はね、勝手に『伝説の魔法少女』なんて幻想を作り上げて、自分の初恋に鍵をかけて逃げてるだけよ! あたしの影なんかに負けてんじゃないわよ!)
エミルナの声が、再びいつもの力強さを取り戻す。
(あいつの目を覚まさせてあげなさい! 『あたしが好きなのはあんたのお兄ちゃんで、あんたのことなんて弟としか思ってなかったわよ!』って、引導を渡してやりなさい! ・・・だから)
エミルナは、少しだけ優しく、姉らしい声で囁いた。
(もう一度、あいつに挑戦してみなさい! 今度は・・・今のあんたの強さでね!)
私は思わず一瞬、目を見張った。
それから一転して、溢れるような笑みを浮かべた。
涙を拭い、両手でポンと自分の頬を叩く。
「・・・うん! 行ってくる、ありがとう!エミルナお姉ちゃん!」
「レオン先輩っ!!」と叫びながら走り出す少女の背中を、琥珀色の温かな光と、一匹の変な生き物が、嬉しそうに見守っていた。
偽りの世界は壊れ、本物の空が広がっている。
そしてここから、レイチェルの本当の初恋が始まるのだ。




