11. 希望①
暗く歪んだ人工の空を裂き、漆黒の機械兵の大群が降ってくる。
第三コロニーの深部、地下施設からの生還を果たした人々によって、「偽りの世界」の真実は瞬く間に伝播した。
自分たちが植え付けられた「前世の記憶」は機械兵に都合よく魔力を育てるためのエサに過ぎず、この世界は最高品質の燃料を収穫するための巨大な農場であったという残酷な事実。
目覚めた人々は絶望し、そして激怒した。
だが、それを機械兵たちが看過するはずもなかった。
『警告。個体群の認知不整合および精神統制の逸脱を確認。システムに対する「反乱」と定義。収穫プロセスの阻害要因とみなし、第4次清掃フェーズへ移行する』
コロニー天井部に位置する無数のハッチが一斉に開き、圧倒的な数の殺戮兵器が押し寄せてきた。
生き残りをかけた壮絶な防衛戦が始まった。
「撃て! 機械兵を絶対に地下シェルターへ近づけるな!!」
レオン先輩の叫びとともに、アルカ・フレーム隊の射撃線が夜空を焦がす。
全高3メートルほどの小型機動兵器であるアルカ・フレームは、入り組んだコロニーの路地や施設内での取り回しには長けているものの、相手は圧倒的な数を誇る殺戮兵器の群れだ。
状況は絶望的だった。
「くそっ・・・多勢に無勢なんてレベルじゃないぞ! 撃っても撃っても湧いてきやがる!」
「隊長、弾薬の残量がもう20%を切りました! 予備のエネルギーセルも底をつきます!」
いくら私たちが奮闘しようと、敵の補給は無尽蔵だった。
コロニーの外・・・かつて外宇宙から襲来し、このコロニーを滅ぼした『朽ちた惑星』。
そこから続々と巨大な輸送艇が飛来し、コロニー上空から無限の兵力を送り込んでくる。
(・・・補給路だ。宇宙に存在するあの『朽ちた惑星』からのラインを叩かなければ、この戦いに終わりはない・・・!)
だが、全高3メートルのアルカ・フレームしか持たない今の私たちには、宇宙空間で戦う術が存在しない。
レオン先輩たちが他の区画や、あるいは他のコロニーへと救難信号を送り続けてはいるものの、反応が返ってくるにはあまりに時間がかかりすぎる。
敵の猛攻が始まって三日が過ぎた頃――異変が起きた。
『・・・レイチェル。少しばかりエミルナと遠出をしてくるぜ』
いつもそばで軽口をたたいていたゴンゴンの声が、不意に遠ざかった。
(ゴンゴン・・・? どこに行くの・・・!?)
(レイチェル、泣かないで。あたしたち、必ず戻ってくるから。・・・それまで、何としてでもこの街を守って)
(お姉ちゃん!? エミルナお姉ちゃんまで・・・待って、行かないで!!)
胸の奥を温かく満たしていたエミルナお姉ちゃんの存在感が、潮が引くようにスッと消えていく。
二人が私のもとから姿を消したのだ。
その瞬間、世界から光が消え去ったかのような強烈な孤独感が私を襲った。
かつて、たった一人で機械兵の軍団と対峙し、幼い私を守るために孤立無援の戦いへと身を投じたエミルナお姉ちゃん。
彼女が最期に感じていたのは、きっとこの息もできないほどの絶望と孤独だったのだ。
「うあああああッ!!」
私は泣き叫びながら、白銀の真の隊長機の操縦レバーを握りしめた。
二人がいなくなったことで、あの超人的な戦闘センスや寸分の狂いもない戦況分析は失われた。
今の私は、ただの13歳の少女だ。
血のにじむような訓練と同期能力のおかげで、アルカ・フレーム隊の先輩方に後れを取らない程度には戦える。
だけど・・・ゴンゴンとエミルナお姉ちゃんがいた頃の、あの圧倒的な強さには遥かに及ばない。
「ヴァルシェイン! 下がれ、無茶をするな!」
「でも・・・! 私が下がったら、シェルターの扉が壊されちゃいます!」
大剣を振るう手が重い。
敵の爪が白銀の装甲を削り、火花が散る。
一機撃破する間に、こちらが受けるダメージは以前の比ではない。
全身が激痛に悲鳴を上げ、視界が血と汗で霞んでいく。
四日目、ついに限界が訪れた。
味方の機体は次々と大破し、レオン先輩の機体も片腕を吹き飛ばされて膝をついている。
私の乗る真の隊長機も、両脚のバーニアを破壊され、大剣は半ばから折れかけていた。
目の前には、天井の亀裂から怒涛の勢いで雪崩れ込んでくる百機を超える機械兵の重装甲部隊。
その背後、コロニーの破れ目からは、外宇宙に鎮座する『朽ちた惑星』の不気味な赤黒い影が見えていた。
「ここまで・・・なのか・・・。僕たちのあがきは、全部無駄だったというのか・・・!」
レオン先輩の絶望に満ちた声が通信に響く。
敵の大型キャノン砲が、死に体となった私達に向けて不気味な集光を始めた。
(ごめんなさい、お姉ちゃん・・・。私、約束守れなかった・・・)
私は静かに目を閉じ、覚悟を決めた。
その時だった。
『――だ〜れが約束破ったって言ったぁッ!?』
脳内を破るような、懐かしくも威勢の良い大声が響き渡った。
(ゴンゴン・・・!?)
カッと目を見開くと同時に、頭上の人工天球・・・『朽ちた惑星』からの補給ラインが存在する宇宙空間の破れ目が、眩いばかりの純白と蒼の光によって激しく爆発した。
『遅くなってごめんね、レイチェル!! 街を・・・みんなを守ってくれて、ありがとう!!』
(お姉ちゃん・・・! エミルナお姉ちゃん!!)
空から降ってきたのは、絶望の機械兵ではない。
咆哮を上げながら上空から飛来したのは、全高3メートルのアルカ・フレームを遥かに凌駕する、全高18メートル級の巨大な二体の鋼の巨神だった。
一体は、眩い純白の装甲に巨大な鳥の翼を模した可変スラスターを背負い、気高く神聖な光を全身から撒き散らす機体――失われた極限技術によって製造された『ダイソン球の守護神』、『アーク・ファルコン』。
もう一体は、漆黒と深紅の重装甲を纏い、全身に無数の最新鋭重火器を不気味なまでに配置した洗練された威容――ダイソン球の居住区で独自開発された最新鋭機動兵器、『ヴァリアント』。
「な・・・なんだあの巨大なロボットは・・・!? アルカ・フレームの六倍以上はあるぞ・・・!?」
レオン先輩たちが呆然と見上げる中、頭上から飛来したアーク・ファルコンがその翼を大きく広げた。
『レイチェル! こいつらはね、朽ちた惑星の補給路を断つために、『ダイソン球の居住区』から来てくれた頼もしい仲間なの!あたしが一番頼りにできると思ってる人に頼んだんだ!』
エミルナお姉ちゃんの誇らしげな声が響く。
アーク・ファルコンの胸部装甲が滑らかに展開し、眩い集光現象とともに巨大な砲口が露わになる。
『ダイソン球・サブエネルギー炉接続!ライジング・キャノン、発射ッ!!』
胸部から放たれた極大の光の濁流は、コロニーに群がり、今まさに内部に侵入しようとしていた百機以上の機械兵を一瞬にして蒸発させた。
一撃で前線を消失させる、まさに守護神の名に恥じぬ凄まじい威光。
さらにもう一体の最新鋭機『ヴァリアント』の背部大型推進器が爆発的な輝きを放ち、地響きを立てて大空へと跳躍する。
その手には、コロニーの戦艦クラスの主砲すら霞む超巨大な重粒子レールガンが握られていた。
ヴァリアントはそのまま宇宙空間を駆け抜けていく。
狙うは、外宇宙で不気味に蠢く『朽ちた惑星』と、そこから伸びる無数の輸送艦隊。
『レイチェル、 宇宙の掃除は、あいつらに任せて大丈夫だ!!』
『行くよゴンゴン! あたしたちは、あたしたちの仕事をするのよ!!』
ふたつの全高18メートルの巨神――アーク・ファルコンとヴァリアントは、溢れんばかりの光の粒子を撒き散らしながら、絶望の源泉であった大気圏外の敵艦隊へと真っ向から突き進んでいった。
宇宙空間で巻き起こる、連鎖する光と爆炎の嵐。
かつて絶望に伏した少女の魂は、強力な味方と二体の巨神を得て、今や無限の兵力を送り込む悪夢の補給路そのものを圧倒的な力で打ち破ろうとしていた。
「すごい・・・本当に・・・お姉ちゃんたちが・・・」
折れた大剣を握りしめたまま、私は白銀のコックピットの中で涙を流した。
でも、もうそれは絶望の涙ではなかった。
エミルナお姉ちゃんとゴンゴンが帰ってきてくれたら勇気100倍だ!
「レオン先輩! 私たちも残った敵を掃討します! もう少しなんです!シェルターのみんなを・・・この街を、最後まで守り抜くんです!」
『・・・ああ! 行こう、ヴァルシェイン! 僕たちの本当の反撃は、ここからだ!!』
勇気を取り戻したアルカ・フレーム隊が、再び立ち上がる。
頭上で輝く眩い光の嵐を見上げながら、私は壊れかけた操縦レバーを力強く押し込んだ。
偽りの夢は終わった。
そして今、本物の未来を取り戻すための、本当の戦いが始まったのだ。




