10. 救出
暗く巨大な魔法科校舎の地下ゲート前。
重厚な防爆シャッターが重い警報音とともにゆっくりとせり上がっていく。
「これより、魔法科地下収容区画への強行突入を開始する。・・・ヴァルシェイン、君は僕たちの後方で支援に回ってくれ。訓練では凄まじい動きを見せてくれたが、ここは実戦だ。敵も訓練用のダミーとは違う」
通信機越しに、白銀の通常機を繰るレオン先輩の緊張した声が響く。
隊員の三人も鉛色の機体を構え、私を庇うように陣形を組んだ。
昨日、訓練で見せた私の動きに驚愕したとはいえ、彼らにとってみれば私はまだ13歳の普通科の少女だ。
一度は恐怖で失神した経験もある。
周囲が心配するのも無理はなかった。
「レオン先輩、お気遣いありがとうございます。でも・・・大丈夫です」
コックピットの薄暗い光の中で、私は静かに操縦レバーを握りしめた。
(レイチェル、準備はいい? 敵の配置、全部頭に入ってるわよ!)
(うん、行こう、エミルナお姉ちゃん!)
『ハッ、心配すんのは向こうの機械兵どもだっつーの! オフラインの警備ユニットが前方から三機、天井の自動砲台が四基だ。レイチェル、右前方の死角から突っ込め!』
ゴンゴンのクリアなナビゲートが脳内に届くと同時に、私の身体が勝手に動き出した。
「な・・・ッ!? ヴァルシェイン、待て! 単身で突っ込むな!」
レオン先輩の叫びを置き去りにして、白銀の真の隊長機が爆発的な加速を見せる。
神秘的な琥珀色の光を撒き散らしながら、真の隊長機は滑るように廊下を駆け抜けた。
ガシャアアンッ!!
旋回した一瞬の隙を突き、大剣の一閃が先頭の機械兵を真っ二つに引き裂く。
間髪入れずに左足のバーニアを噴射し、天井から迫る自動砲台のレーザーを間一髪で回避。
旋回運動の遠心力をそのまま利用し、二機目、三機目の胸部コアを正確に撃ち抜いた。
「嘘だろ・・・!? 支援どころか、一瞬で前線を壊滅させただと・・・!?」
「速すぎる・・・! なんだあの無駄のない動きは! レオン隊長以上の戦闘センスだ・・・!」
後方で目を見張る隊員たちの絶句する声が通信に漏れる。
それもそのはずだった。
ゴンゴンの寸分の狂いもない戦況分析。
10歳の若さで過酷な戦場を生き抜き、散っていったエミルナお姉ちゃんの超人的な戦闘センス。
そして何より――その二人の提示する極限の動きとラインを、寸分の遅れもなく操縦レバーとペダル、そして自身の魔力伝達へと正確に反映させてみせる、私自身の血のにじむような努力と同期能力。
どれか一つでも欠けていれば、この芸当は不可能なのだ。
「みんな、待ってて・・・! 今、助けるから!」
立ち塞がる機械兵の群れを次々と一刀両断しながら、私は地下深区画へと突き進んだ。
重厚な扉を打ち破った先には、果てしなく広がる冷たい金属の部屋があった。
そこには、無数のガラス製カプセルが並んでいた。
怪しい管を何本も繋がれ、魔力を力づくで吸い上げられて痩せこけた、たくさんの少女たち。
「ユミちゃんの言った通りだ・・・! 本当に、みんな・・・っ!」
私は真の隊長機の手を繊細に操作し、カプセルの制御パネルを一つずつ破壊して少女たちを解放していった。
カプセルから崩れ落ちる少女たちを、レオン先輩たちが驚愕と怒りに震えながら抱きかかえて回収していく。
「こんな・・・こんな酷いことが、魔法科の裏で行われていたなんて・・・! 僕たちは一体、何を守っていたんだ・・・!?」
レオン先輩が拳を握りしめ、絞り出すような声を上げた。
少女たちの救出がひと段落したその時、格納庫の天井空間全体がグラリと大きく揺れた。
地下の壁が割れ、巨大なメインモニターが不気味なノイズとともに起動する。
そこに映し出されたのは、この施設・・・いや、この「世界の構造」を示す膨大なデータと、不気味な機械の幾何学模様だった。
「ねえ、レオン先輩」
私はコックピットの中で、膝の上のゴンゴンを強く抱きしめながら、静かに語り始めた。
「この街の空・・・不自然だと思いませんでしたか? どこまで行っても雲ひとつなくて、境界線に行くと空間が歪んでいる・・・」
「ヴァルシェイン・・・? 一体何を言っているんだ?」
それは『お姉ちゃん』の意識から自然に流れ込んできた真実だった。
「ここはね・・・『世界』なんかじゃないんです。・・・ここは、かつて人間たちが作って暮らしていた、『第三コロニー』と呼ばれる宇宙コロニーの内部だったんです」
「う・・・宇宙コロニー・・・!?」
レオン先輩だけでなく、救出された少女たちや隊員の先輩たちも息を飲んだ。
私の言葉を引き継ぐように、ゴンゴンの瞳が淡い琥珀色に発光し、格納庫のスピーカーを通して合成音声ではない、深く重い声が響き渡った。
『そうだ。ほんの数年前・・・この第三コロニーは、外宇宙から飛来した『朽ちた惑星』の『機械の国』と呼ばれる自律兵器群との戦争に敗れ、陥落したんだ』
ゴンゴンの声には、果てしない悲哀が籠もっていた。
『機械の国は凄まじかった。圧倒的な物量と殺戮兵器の前に、人類の防衛線は次々と突破された。・・・その地獄のような戦いで最後まで抗い、幼い妹であるレイチェルを守るために血を流して散っていったのが・・・エミルナだったんだよ』
「妹・・・!?」
レオン先輩たちが息を飲む。胸の奥で、エミルナお姉ちゃんがキュッと私の魂を抱きしめてくるのが分かった。
『そうさ。エミルナは前世の記憶なんて大層なものじゃなく、本当はレイチェルとたった2つしか違わない、実の『お姉ちゃん』だったんだ。
『戦火の中、10歳で命を落としたエミルナと、当時8歳だったレイチェル。記憶を書き換えられ、前世と後世の不自然な関係だと思い込まされていたに過ぎない』
「そんな・・・じゃあ、二人は本当の姉妹・・・!?」
『ああ。そして機械の国の奴らは、その戦いの中で恐ろしい進化を遂げた。・・・奴らは気づいたんだ。金属や鉱物エネルギーよりも、人間が発する『魔力(精神エネルギー)』の方があらゆる兵器や都市を動かす高効率で純度の高い動力源になるということに』
レオン先輩の顔が凍りつく。
『そうさ。機械の国は、敗北した第三コロニーの人間を皆殺しにはしなかった。反抗できる戦力だけを殺して始末し・・・残った子供たちを生かし、管理し、定期的に『魔力の高くなった者』を『収穫』するための・・・巨大な『農場』へと、このコロニーを丸ごと造り変えたんだ』
静寂が地下空間を支配した。
カプセルから救出された少女たちが、あまりの衝撃に言葉を失い、身体を寄せ合って震えている。
「そんな・・・じゃあ、私たちが信じていた『前世の記憶』は・・・? 王都とか、魔法の王国とか、そんな平和な夢みたいな記憶は・・・!?」
救出された少女の一人が、泣き叫ぶように問いかけた。
ゴンゴンは首を横に振った。
『・・・それも全部、奴らが作り上げた『偽りの記憶』だ。頭の中に都合の良い『前世の記憶』を植え付けられ、自分は特別な存在なんだ、前世の知識で都合よく無双できるんだと思い込ませる。そうやって希望という名の幻想を与えられ、自分から進んで魔力を高めるトレーニングに励むように誘導されていたのさ』
「そんな・・・前世の力で無双できるなんて・・・自分は特別な主人公なんだって・・・みんな、ずっとそう信じて・・・」
「そうだ。そう思い込ませることで、自分たちが収穫される『家畜』であるという現実に気づかせず、『機械の国』に逆らう意思そのものを完全に奪い去っていたんだよ・・・!」
私の声が、地下空間に悲しく響いた。
前世の記憶に歓喜し、憧れの魔法科を目指し、自分が世界の主人公であると疑わなかった少女たち。
ほんの数年前まで自分たちの家族や日常があったはずなのにその記憶を奪われ、その代わりに与えられた夢も、希望も、才能も・・・すべては機械兵たちが効率よく最高品質の「燃料」を育てるための、残酷なエサに過ぎなかったのだ。
『・・・だがな』
ゴンゴンが力強く言った。
『機械兵どもの計算から唯一外れた存在がいた。・・・それが、エミルナの魂と、俺という自律型観測ユニットに守られた、コイツ。レイチェルだ』
「え・・・?」
『レイチェル。お前の中に遺された記憶だけは、奴らが作った偽物じゃない。本物のエミルナが、死に際に自らの魂を砕いてお前に遺した、本物の姉妹の記憶と絆だったんだ。だからお前だけは・・・奴らの精神汚染に屈せず、こうして真実に辿り着くことができた』
胸の奥で、エミルナお姉ちゃんの温かい声が響く。
(そうよ、レイチェル。あんたは偽物の夢なんて見なくていい。あたしたちは本物の姉妹なんだから! あんたが諦めない限り、あたしは何度だってあんたの力になってあげる!)
「エミルナお姉ちゃん・・・」
私は涙をぐっと拭い、操縦レバーを力強く握りしめた。
見上げれば、歪んだ人工の空の向こうに、このコロニーを丸ごと支配する『機械の国』の冷酷な気配が蠢いている。
夢という名の飼いならされた籠の中で、何も知らずに搾取され続ける世界。
嘘の記憶で着飾られ、都合の良い主人公を演じさせられていた惨めな舞台。
(もう・・・終わりにする)
私は深く息を吸い込み、真の隊長機の胸部ジェネレーターを最大出力で燃え上がらせた。
「レオン先輩。みんな・・・」
白銀の真の隊長機がゆっくりと立ち上がり、空を破るように大剣を天へと掲げる。
その姿は、偽りの平穏と残酷な現実の狭間で、ついに目を覚ました唯一無二の希望そのものだった。
「私たちは、偽りの夢を見せられていただけだった。生き残るためだけに仕組まれた、都合の良いおとぎ話の中に閉じ込められていたんです」
言葉に力を込めるたび、真の隊長機から解き放たれる琥珀色の光が、地下空間の冷たい闇を塗り替えていく。
「でも・・・もう騙されない。私とお姉ちゃんの絆も、今ここにある私たちの命も、機械兵の燃料なんかじゃない!!」
私はコックピットの中で、まっすぐに前を見据えた。
「行きましょう、エミルナお姉ちゃん、ゴンゴン! 私たちの本当の世界を取り戻すために・・・こんな偽りの世界なんて、私たちが跡形もなく打ち砕いてやる!!」
私とエミルナお姉ちゃんの叫び声が重なり合い、白銀の真の隊長機は眩い光の嵐を巻き起こしながら、天を覆う偽りの空へと向かって爆発的に飛翔した。




