光の檻の天才
弟が森へ追放されて数年後。姉リリアンは、神聖魔術を学ぶ大魔術学院へと入学した。
学院の校舎は、聖都の中心にある大聖堂にも劣らぬ荘厳な白大理石で築かれ、厳格な規律と、魔力を持つ者たちの絶対的な階級を示していた。この学院は、神聖魔力を持つ貴族の子だけが入学を許される、聖都の次世代の指導者養成機関である。
リリアンが学院に入ると、その才能はすぐに周囲の予想を遥かに超えて頭角を現した。
実技でも座学でも、リリアンは常に最高の成績を維持した。
彼女が放つ神聖魔力は、本来複数人でするような複雑な魔法も、呼吸をするように容易にできた。
学院の教師たちは、彼女の能力を見るたびに、興奮を抑えきれずに称賛を借しまなかった。
「さすがはアルテミス家! 代々上級司教を輩出してきた血筋だ。これほど若くして、これほどの魔力を制御できる者は、近年類を見ない。神の恩寵としか言いようがない!」
「君なら、前例のない女性司教も成し遂げられるのかもな」
リリアンは、教師たちからの絶え間ない褒め言葉と、周囲の生徒たちからの羨望の眼差しの中で育った。
「あんな大規模な結界魔法、私たちには一生無理だな」
「ああ、同じ土俵じゃないみたいだ。僕たちとは生きている世界が違う」
彼女の存在は、学院全体にとって誇りであり、同時に越えられない壁でもあった。
しかし、その高すぎる才能とアルテミス家という重すぎる肩書きは、リリアンを孤独にした。
リリアンは、誰よりも『光』の中に立っていた。しかし、その光はあまりにも強烈すぎて、周囲の人々との間に、決して埋まらない溝を作ってしまった。
生徒たちは、リリアンの隣に立とうとはしなかった。
声をかければ返ってくると分かっていても、誰も近づこうとはしない。
彼女の周囲には、常に一歩分の空白があった。
リリアンもまた、それが自分の『使命』の代償なのだと理解していた。
……理解しているはずだった。
彼女はいつも優等生ではあったが、心の底から語り合える親しい友人と呼べる存在は、ついに現れなかった。
彼女の家庭環境も、その孤独を助長した。
シグルドは、リリアンがどんなに優秀な成績を取っても、一言も『おめでとう』や『頑張ったな』とは言わなかった。彼の関心は、娘の感情的な喜びではなく、公的な評価の一点にあった。
彼は、リリアンの入学を『自己正当化の完成』と捉えていた。リリアンの成功が大きければ大きいほど、かつて犯した罪が、『英断』へと昇華されるのだ。
彼はリリアンの肩に手を置いたが、それは祝福ではなく、重い鎖を繋ぎ止めるかのような、冷たく重い感触であった。
アンナは、娘が優秀な成績を取ってくることを心から喜んでいた。
しかし、その言葉の裏には、常に苦悩の影が付きまとっていた。リリアンが優秀であればあるほど、『なぜ、あの子だけが』という弟カイへの後悔が、アンナの心を苛む。祈ることしかできない自分を恨む。
シグルドがリリアンに『感情に流されるな』と訓示を与えている間、アンナはそっと部屋の隅に立ち、顔を伏せていた。
シグルドとリリアンが部屋を出た後、アンナは胸に手を当てて、静かに涙を流した。
「シグルドは、リリアンを見て、あの時の自分の行動が『正しかった』と思いたいだけなのね……。神よ、どうか、あの子の分までこの子を祝福し、そして、あの子にも安らぎを与えてください」
アンナの愛は本物であったが、その愛は「罪の意識」という重い足かせによって、常に歪んでいた。
リリアンは、その孤独を目標への原動力に変えた。
「上級司教に、あわよくば父のような大司教になって、家系の使命を果たさなければならない」
…本当に、それでいいのだろうか。
そんな考えが、一瞬だけ胸をよぎった。
彼女は、自己を律し、感情を抑え込み、ただひたすら研鑽に励んだ。それは、自分の価値を証明し、『光の子』としての存在意義を確固たるものにするための、孤独な戦いであった。
代々、大司教の座を継ぐアルテミス家の血筋を持つ者といえど、女性がこの場に立つこと自体、本来なら許されていない。
だが……誰も、それを口にすることはできなかった。




