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この世界の悪は、吸血鬼の小銭稼ぎにすぎない 〜無慈悲な治癒魔法と血の刃で、獲物を捕食する〜  作者: アム


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5話 気の利く商人と、善意のベテラン

三日後。指定した廃屋の裏に、あの商人は約束通り現れた。

震えながらも逃げ出さなかったのは、彼が持つ『長生きするための勘』が、私との取引に素直に応じた方が生存率が高いと告げたからだろう。正解だ。私は初めて仕事を依頼した時と同じ服装で彼と対面した。


彼が持ってきた品は、予想以上に優秀だった。

服は村娘風のものから街娘風のものが三種類。さらに、比較的綺麗なフード付きの外套を三着。私が具体的に指示したわけではないが、獣の耳や尻尾、そして顔を都合よく隠せるものを意図的に選んでくれたらしい。とても気が利く素晴らしいチョイスだ。

街の情報についても、要点を口頭で報告しつつ、内容をまとめた紙数枚と、過去三ヶ月分の新聞――枚数にして二十枚程度だが――をまとめて持ってきてくれた。


「以上で依頼は完了ですね、ありがとうございます」

彼はおそらく商売人としての『仮面』を被り、作り笑いを浮かべて、私が前払いした金と引き換えに荷物を差し出した。

「一応言っておくけど、私の事を誰かに話したら真っ先に殺すから」

「……絶対、守ります」

念のための忠告に、商人は小さく息を呑み、深く会釈をして足早に去っていった。


彼は私という存在の底知れなさに困惑し、大金と脅迫まがいの交渉に恐怖していただろう。だが同時に、素直に従えば『直接的な害はない』と野生の勘で予測していたはずだ。

彼はこの時知らないだろうが、私に表の街へ出るための服と情報を与えたことで、この街からは数多くの悪党が間引かれることになる。ある意味で、彼はこの街の『間接的な英雄』になったわけだ。私にはどうでもいいことだが。餌(悪党)が無いなら、街に魅力などないのだから。


受け取った街娘の服に着替え、フードを深く被って、私は初めて『表の街』へと足を踏み入れた。

スラムの淀んだ空気とは違う、活気と喧騒に満ちた空間。まずは街を散策し、商店、ギルド、酒場など、今後の狩りのために押さえておくべき場所の立地を把握していく。


だが、少し歩いてすぐに不満を抱いた。

(……人が無駄に多い)


行き交う人間の数が多すぎる。これではただ見ているだけでは、誰が悪党で誰が標的なのか、何もかもが溢れすぎていて全く情報が抽出できない。適当な屋台で買い食いしながら考えた結果、効率的に情報を集めるための『拠点』が必要だと結論づけた。


それは、冒険者ギルドだ。

父親も昔はギルドで活動していたらしい。「良い方向で荒くれていた」とか言っていたか。それにあの商人も、実力者が仕事を求めるならまずはギルドに行くものだと教えてくれた。


そう考えた私は足取りを変え、ギルドの扉を押し開けた。

中は荒くれ者や武装した人間たちで溢れている。私はフードを被ったまま、淡々と、冷徹に、無表情で受付へと向かい、登録を申し出た。


「ギルドで仕事しに来た」

「えっ……? ごめんね、こんな小さな子は登録できない決まりなの」


受付嬢は、私の実力を測ることもなく、子供の背丈を見ただけで事務的に拒否した。

怒りも落胆もない。暗黙のルールでそうなっていると後から知った事だが、仕方ない。登録という正規の手続きが踏めないのなら、非正規のやり方で恩恵だけを受け取ればいい。


私は受付から離れ、壁に並ぶ依頼の掲示板へと歩み寄った。

目を通すのは魔物討伐ではなく、賞金首――つまり『悪い人間』の狩りや、ならず者の討伐依頼の貼り紙だ。その中から手頃なものを数枚、勝手に剥がして持っていくことにした。


「おいおい嬢ちゃん、その貼り紙は危ないぜ。お遊びじゃすまねえんだ」


背後から、声が掛かった。

振り返ると、歴戦の雰囲気を纏ったベテランらしき男が、優しく私を止めようとしていた。子供が危険な真似をしないようにという、純粋な善意からの行動だろう。


目立ちたくない私にとって、ここで言葉を発して言い合いをするのは面倒だ。

私は彼の言葉を完全に無視し、貼り紙を握ったまま、ただ無言でギルドの扉へと向かって歩き出した。


「あっ、ちょっと……待てって!」


無視されたことで、ベテランの男は焦って私を追いかけてくる。

正直、声を掛けられたのは面倒なことになったが、今回はこの『善意』を利用させてもらおう。そうすれば、ギルドの中で騒ぎを起こすことなく、自然に彼を外へ連れ出すことができる。

厄介なことに、フードを被った小さな子供が勝手に張り紙を持っていくのを大声で注意する彼の行動は明らかに目立っていたが、フードのおかげで顔がバレていないのだけは救いだった。


ギルドの扉を抜け、わざと人通りの少ない建物の裏手へと曲がる。

男が私に追いつき、肩に手を掛けようとした――その瞬間。


「なっ――!?」


男は一瞬、全身に走った異常な激痛に動きを止め、自身の身体を慌てて見回した。

だが、怪我などどこにもない。出血すらしていない。しかし、彼の身体は確かに悲鳴を上げていた。


やったことは簡単だ。致命傷にならない場所を、血魔法で操作した三本のナイフで同時に斬り裂き、瞬時に『回復魔法』をかけて傷を塞いだだけ。

ただ、実戦でのテストだったため、ナイフを空間に隠すのが僅かに間に合わなかった。私は宙から戻ってきた三本のナイフを手に持ち、呆れたように言い放つ。


「はぁ……あなたは何も知らない」


ついでに、ポケットにあった数枚の硬貨を男の足元へ無造作に投げてやった。


最近の私は、拷問に回復魔法を利用し始めている。

じわじわと痛覚を刺激するように斬り、あるいは刺しながら、同時に回復魔法をかけ続けるのだ。肉体は壊れないため気絶することもできず、ただあり得ない痛みの連続だけを脳に叩き込まれる。これが一番手っ取り早く情報を得られる方法だと気づいた。

想定してなかったメリットは縛られてなくて体が元通りになっていても今までの痛覚の蓄積だけは残っているのか相手は動けないらしい、痛覚の過負荷で身体が反応しなくなったのだろう。

痛覚の大小や、どこの部位がどう感じるかは、自分自身の身体で自傷を繰り返して試したからよく知っている。


今回はそれの『手加減』だ。

一人立ち尽くしたままのベテランの男は、得体の知れない死の気配と、子供の仕業という理不尽を前に、完全に言葉を失っていたのだ。冷や汗が彼の頬を伝う。


長年の勘だろう。男の顔には「自分がどうやって斬られたのかすら分からない。これ以上干渉すれば死ぬ」という恐怖が張り付いていた。おそらく、他の連中が同じ目に遭わないよう、彼自身がギルドで私に手出ししないよう立ち回るはずだ。


一瞬の『格付け』。

私がただの無力な子供ではないという事実を、彼の本能に直接叩き込んだ。


私はナイフと張り紙をしまい、固まったままの男を残して路地裏を後にした。

さて、表の街での初めての狩りを始めよう。


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