49話 魔が差した天才と、白猫の遺体
ブランは一人、スラム周辺の行き止まりを適当にしらみつぶしに歩いていた。
びっくりするぐらい何もない、よくある薄汚れた街の風景だ。歩きながら、私は昨日自分がやってしまった規格外の行動について回想していた。
(うっかり英雄の腕を斬って……治した。いや、治せてしまった)
ギルドでさりげなく言われたことだが、腕などの完全な欠損を治せるヒーラーなど、数千人に一人の希少な存在らしい。しかも大抵は戦闘に不向きで、自衛の護身術ができれば良い方だという。回復魔法しか適性がないことも珍しくないからだ。
だからこそ、本気で戦って相手を圧倒した上で欠損まで治せる私のような存在は、もはや「英雄の枠を超えている扱い」と言っても過言ではないらしい。
ギルドの上の人は、「回復魔法が使える時点で一生お金や人生に困ることはない」と教えてくれた。同時に、確実に各方面から厄介な勧誘が来るだろうから、その時は「ギルドと長期契約しているから無理」と適当に嘘をついて突っぱねればいいと勧められ、英雄たちもウンウンと深く頷いていた。
思い返して少し照れくさくなりながらも、あの奇跡は、私が回復魔法を使う際に「相手の血脈が見える」という想定外の現象のおかげでもあった。
(……うっかり相手の血を舐めちゃって、変な味だなって思ったけど。多分あれ、相手の血を摂取すれば、その体内の血管や神経の構造が完璧に把握できるってことだよね)
今度、どうでもいい悪党か自分自身で試してみるべきか。
ただ一つ怖いのは、他者の血の摂取が原因で病気に感染することだ。考え事をしていたら、そんな医学的な知識を思い出してしまった。暇さえあれば、自分の体内を巡る血を意識し、回復魔法をかけ続けて浄化する癖をつけて自衛しておこうか。
(そういえば、吸血鬼と狼のハーフであるクロとラメは種族的にそのあたりどうなのだろうか……まあ、あの化け物たちなら無縁か)
そこまで考えて、私はハッとした。
血管だけでなく、神経のようなものも微かに見えていた気がする。パズルのように血管と神経をピッタリと繋ぎ合わせ、氷で固定し、あとは皮膚同士をひたすら魔法でくっつけるだけ。時間がかかるだけで、理論的にはどんな部位でも『治せる(くっつけられる)』のだ。一度完璧に検証もできている。
(これ……もし間違えて、誤って『他人の腕』とかをくっつけちゃったら、どうなるんだろう……?)
そんな恐ろしい疑問が頭をよぎったが、私は一旦考えるのをやめた。
しらみつぶしに探索を続け、二十箇所を超える行き止まりを確認した頃だろうか。
微かに変な匂いが鼻を突いた。辿っていくと、そこにはゴミ置き場の影に隠れるようにして、猫の獣人の遺体が二つ転がっていた。(後から知ったことだが、場所や状況的に、おそらくクロとラメが見つけたのと同じ遺体だ)
私と同じような、『白』と茶色の髪色をした二人の獣人。
死んでいるとはいえ、その獣耳と尻尾は非常に美しい毛並みを保っていた。私は思わず、その柔らかい毛にそっと触れてしまった。
(……私も、人間じゃなければよかったのに)
クロやラメの圧倒的な身体能力や本能を見るたびに、時折そんなことを考える自分がいた。
魔法の適性に差はないのに、肉体の強さは完全に人間の上位互換。人間の数が多すぎるから目立たないだけで、獣人というだけでずるいのだ。
もし、ここでギルドの話にあったように、彼女たちの『獣耳と尻尾』を切り取って。
私が最近理解し始めた回復魔法の理屈で、その神経や血管を、私自身の体にくっ付けてしまったとしたら、一体どうなるのだろう。
どうせ、このままここで腐って消えてなくなるだけのものだし……。
私が有効活用してあげたって、仕方ないよね……?
――完全に、魔が差していた。
気がつけば、私は剣を取り出していた。
遺体から、自分と同じ白い毛並みを持つ獣耳と尻尾を丁寧に切り取る。そして、腐らないようにすぐさま氷魔法で凍らせ、誰にも見られないように袋に入れて、持ち帰ってしまったのだ。




