47話 極秘の引き継ぎと、英雄たちの旅立ち
「都市の防衛依頼、私が受けます」
はっきりとそう伝えると、受付員は静かに頷き、私をギルドの奥にある個別部屋へと案内してくれた。
部屋に入ると、そこには昨日の立ち合い相手であるメインアタッカーと、見学していた英雄三人組、そしてギルドを管理している上の立場の人間と思われる二人が待っていた。
私が入室するなり、昨日腕を斬り落としてしまった英雄のアタッカーが真っ先に声をかけてきた。
「昨日は凄かったよ! なんか突然大声で呼ばれたと思ったら、あんなことになるなんてね。ブラン、もう大丈夫なの? 体に問題はない?」
まさかの、腕を斬り落とされた側から真っ先に体調を心配されるという展開に、私は少し申し訳なさを感じながら慌てて首を振った。
「い、いえいえ、大丈夫です! まさかあんなふうに腕を斬ってしまうなんて……。最終的に繋ぎ直せたのは奇跡というか、その時は『なんとかなれ!』と必死にやっただけで、自分でもできると思ってはいなかったのが正直なところです」
「まあ、極限状態で潜在能力が引き出されるような、似たようなことは俺たちも経験あるから分かるよ。この経験は絶対に忘れないで、今後に活かすべきだね」
英雄は満面の笑みでそう言ってくれた。善人すぎる。私がクロラメとの生活、そして悪党狩りの中で麻痺していた狂った常識のせいで斬ってしまったというのに、彼は全く恨み言を言わないのだ。
「……ありがとうございます」
私が深く頭を下げると、英雄との会話が一段落したのを見計らい、ギルドの管理役の人間が静かに口を開いた。
「この度は、厄介な依頼を受けてくれてありがとう。これから話すことは、この都市についてあまり公にできない話も含まれている。だから、ここでの話は絶対に『他言無用』でお願いしたい」
(……はい、絶対無理ですごめなさい。家に帰ったら即行でクロラメに話します)
内心で即答しながらも、私は表情を引き締めて「分かりました」と真剣な顔で頷き、話の続きを促した。
「まず一つ目の要点だ。噂になっている『異形の魔物』について」
管理役の話によると、異形の魔物が出現しているのは事実らしい。
不定期に出現し、決まって夜から夜明けくらいの時間帯に討伐報告が上がる傾向があるという。並の人間では戦えない強さだが、動きは鈍い。体の構造が歪で変なふうになっているため、まともに動くのが難しいらしく、よほどの老人でもなければ逃げること自体は容易だという。
ただ、傾向として物理攻撃はとにかく重量があるため基本的には受けてはいけないこと、さらに中には時々魔法を使ってくる個体もいるため、討伐しようとすると途端に難易度が跳ね上がるそうだ。
出現場所は、都市の中心部や大きな店が集まる場所ではなく、少し外れた住宅街や団地、あるいはスラムの境界線あたりが多いらしい。もし出現した場合は、防衛依頼を受けた私に討伐を任せたいとのことだった。
「次に二つ目。証拠不十分で指名手配犯として手を出せない『グレーな連中』についてだ」
ギルドの管理役は苦々しい表情でそう語った。
都市の中には、明らかに黒い噂があるにも関わらず、証拠不十分で指名手配犯として成立させられない者たちがいる。しかし、その容疑者の中には当然無実の人間が混ざっていることもあるため、ギルドとして強引な尋問を行う選択肢は取りづらいという。そのため、証拠を掴むために、防衛巡回中の私に怪しい場所を積極的に探索してもらいたい、とのことだった。
「最終的に無実か有罪かは、証言や証拠に基づいてこちらで判断する。もし探索中に相手から暴力を振るわれたら、可能であれば生け捕りにしてほしい。だが、ブラン君自身が『無理だ』と判断したなら、情けをかける必要はない。力を振るってくるということは、有罪と同義だからだ」
なるほど。つまり「怪しい奴らが反抗してきたら、最悪斬り捨ててもお咎めなし」というわけだ。私(というより、私の後ろにいるクロラメ)にとっては、非常に動きやすくありがたい条件だった。
「そして三つ目。これは俺たち英雄がこの都市を離れる理由だ」
ここで、英雄のアタッカーが真剣な表情で会話に加わった。
「簡単に言えば、数ヶ月前に亡くなったはずの俺たちの仲間――『ヒーラー』が、リーズという街に出現したという噂があるんだ。僅かな可能性だとは分かっているが、それを信じて旅をしてみようと思う。都市に戻ってくるのはすぐかもしれないし、数年後になるかもしれない」
リーズの街。たしか、巨大都市に来る前にクロとラメが滞在していた街だ。
管理役がそれに付け加えるように、四つ目の要点を話し始めた。
「そのリーズの街で、最近不可解な出来事が起きた。突然、色々な悪党の犯罪の証拠や、変な噂、裏組織の繋がりを示す書類などが、綺麗にまとめられてギルドの中に大量に放置されていたのだ」
その話を聞いて、私は思わず顔を引きつらせそうになった。
(……それ、なんとなくの勘なんだけど、絶対にクロの仕業だったりしますよね?)
「大半は何故か『すでに解決済み(ボスの死亡や行方不明)』の事件ばかりだったのだが……中には、『魔王復活』を示唆するような根拠不明の書類も混ざっていた。実は数ヶ月前、英雄たちにはその魔王関連の依頼に携わってもらったことがある」
管理役の言葉に、私は息を呑んだ。
話によると、数ヶ月前、「ただ沢山の人を殺めた残虐な虐殺者の二人組がいる。念には念を入れて、実力のある英雄たちに討伐をお願いしたい」という依頼があったらしい。
英雄たちは山奥の家に住んでいたその二人組を討伐した。だが、その帰路の途中で、ヒーラーが当然、音もなく忽然と姿を消してしまったのだという。
「俺たちも三日間、必死にその山奥を探し回った。だが、何も見つけることができなかった。争った形跡もなく、ただヒーラーの足跡だけが途中でプツリと消えていたんだ」
英雄の表情には、深い後悔と悲しみが滲んでいた。
「しかも胸糞悪いことに、その討伐を依頼してきた教会のトップは、自ら毒をばら撒き、それでしか治せない薬を高値で販売する悪党だったことが最近判明した。しかも、そのトップはある日何者かに殺されていた。……そいつのせいで、ヒーラーは行方不明に……」
私は内心で冷や汗を流していた。
(それ、教会トップを殺したのは多分クロだよね……? もしそうだとしたら、英雄たちが討伐した虐殺者二人組って、クロのご両親のこと!? だとしたら、クロの使う回復魔法がそのヒーラーと似ているのにも説明がつくし……いや、まさか、もしかしてクロは、そのヒーラーを食べたのか!?)
確信はない。けれど、点と点が恐ろしい形に繋がり、あまりにも重すぎるわずかな可能性が私の頭の中を激しく駆け巡る。だが、顔に出すわけにはいかない。私は必死に平静を装った。
「最後に五つ目だ。これは前述の要点レベルではない、局地的な事件なのだが……」
管理役が話を切り替える。
「最近になって、スラムの同じ場所に『猫の獣人の遺体』が五人も放置されるという事件があった。調査の結果、そこそこの規模の悪党グループの仕業だと判明し、英雄たちに解決してもらった」
(あ、それは先日チチが言っていた噂だ)
「だが、さらにその上に繋がっている上位組織が存在する可能性を示唆する書類が、現場に残っていたんだ。全容はいまいち掴めていないが、頭の片隅に入れておいてほしい」
それが私への「追加依頼」だった。
「猫の獣人事件について、もう少し追求してみてほしいんだ」
管理役は詳細を付け加えた。猫の獣人たちの遺体のうち、二人は耳や尻尾が意図的に切り取られていたらしい。体の傷跡から察するに、狂気か変態の仕業であると推測されるという。
遺体の遺棄場所は街外れで、スラムの境界線が曖昧な、ほぼ入りかけているような場所。悪党の書類の中には、その上の存在だと思われる別のボスクラスの悪党に対して、何らかの「治療薬」の存在を示唆する内容もあったらしい。
「とはいえ、情報が少なすぎる。あくまでダメ元で構わないので、無理のない範囲で探索を進めてほしい」
これで、全ての引き継ぎが終わった。
正直、情報量が多すぎて覚えきれるか不安だったが、管理役は話した内容の要点をまとめた紙を最後に渡してくれた。
(よかった……これで帰ってから、クロとラメに漏れなく情報共有できる)
口には出せないが、心底助かった。
引き継ぎが終わり、いよいよ英雄たちが旅立つ時間になった。
彼らはギルドで最後の食事を済ませ、もう間もなく馬車に乗って都市を離れるという。
「ブラン、頑張れよ!」
「昨日見せてくれた君の回復魔法、あれからちゃんと練習したら、絶対に凄いことになる。次期英雄として期待してるからな!」
「アタッカー兼ヒーラーとしての活躍も、期待してるからね」
「敵にはしたくないね! ふふ」
英雄たちは明るい笑顔で、それぞれ私を励ましてくれた。
その眩しすぎる優しさと善意が、今は少しだけ胸に痛い。彼らが必死に探しているヒーラーの行方について、私はもしかしたら、とんでもない真実に片足を突っ込んでいる気がしてならないからだ。
「ありがとうございます。どうかお気をつけて」
私は彼らの無事を、そして僅かな可能性でも、彼らが探すヒーラーの手がかりが見つかることを心から願いながら、ギルドの扉から旅立っていく英雄たちの背中を見送った。




