46話 夕暮れの引継ぎと、次期英雄の誕生
視界が少しずつ鮮明になってくると、周囲から驚きの声や称賛の拍手が湧き上がっているのが分かった。
ふと英雄の姿を見ると、戦っていた時とは違う、なぜか分厚い上着を着込んでいることに気がついた。今は暑いはずの時期なのに。それに、周囲の空気もこの季節にしては、なぜだかひんやりと冷え切っている。なんでだろう…。
「あ、腕……どうですか……?」
フラフラになりながら尋ねると、英雄は完全に繋がった腕を軽く動かしながら、満面の笑みで答えた。いや鼻水も少し見えてしまった。
「いやー凄いよ、完璧だ! もう次期英雄は君で確定だね!」
その言葉を聞いて安心したものの、体はまだ動くが、頭と精神が異常なまでに疲弊しきっていた。まともに思考をまとめることすらできない。
「良かったです……。あの、すいませんが、とても疲れてしまったので……少し、休ませて……」
言いながらふと訓練所の窓の外を見ると、空が鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
「……あれ? 今、夕方?」
思わずそう呟くと、すぐ近くから聞き慣れた淡々とした声が降ってきた。
「凄い集中してたよね」
クロの声だった。
振り返ると、いつの間にかクロが私のすぐ近くに立っている。なぜこんな所にいるのか、どうやって入ってきたのか。今の私にはそれを考えるだけの余力すら残っていなかった。
私が言葉を紡げずに立ち尽くしていると、クロは周囲の大人たちに向かって、見事な「子供の演技」で頭を下げた。
「今日は、ブランお姉ちゃんをすぐ近くの宿に連れて行きます。英雄さん、今回は色々と申し訳ありませんでした。ブランお姉ちゃんの様子が不安なので、今日はこれで失礼しますね」
クロは私の手を引き、半ば強引に訓練所から連れ出した。私はそれに抵抗する気力もなく、ただ手を引かれるがままに歩くことしかできなかった。
宿の部屋に着いた直後。
「すぐに寝て」
クロにひょいと抱きかかえられ、私はそのままベッドへと放り込まれた。シーツの感触を味わう間もなく、私の意識は深い闇へと沈んでいった。
次に気がついた時は、太陽が昇ってしばらく経った、すっかり明るい時間帯だった。
クロは部屋にはいなかった。身支度を整えて一階へ降りると、宿のメインフロアの受付で、クロが宿の主人と何やら話をしているのが見えた。
私が近づこうとすると、クロはこちらに気づき、歩み寄ってきた。
「遅めの朝飯を食べたら、ギルドに行って都市の護衛依頼を引き受けて。そのまま家に帰宅すること。あ、宿の会計は全部済ませておいたから」
言うべきことだけを簡潔に伝え、クロはあっさりと宿を去っていった。
その後、部屋に運ばれてきた温かい食事をゆっくりと腹に収め、私も宿を出た。
「クロはなぜ英雄の腕を斬った騒ぎや、護衛依頼の話まで知っているんだろう」と不思議に思うことすらできないほど、頭はまだ少し寝ぼけた状態のままで。
ギルドの扉を開けると、昨日とは明らかに違う、畏敬と好奇の混じった無数の視線が私に向けられるのを感じた。
私はその視線を真っ向から受け止めながら受付へと進み、真っ直ぐに告げた。
「都市の防衛依頼、私が引き受けます」




