45話 覚醒する視界と、繋がる血
どうしよう。
周囲の景色が少しずつ遠ざかり、視界が真っ暗に染まっていく。思わず精神だけで気絶してしまいそうな強い恐怖と拒絶感に陥った。
だが、せめて私にできることをやらなければ。焦りで平常心など一切ない状態のまま、私は回復魔法の準備に取り掛かった。
一週間ほど前までの私なら、爪の半分ほどの傷を十分かけて治すのが限界だった。
まずは、斬り飛ばしてしまった腕を拾い、氷魔法で一時的な止血を試みる。自傷魔法の訓練の際、傷口を氷も一緒に利用して塞ぐ感覚は掴んでいた。自分の血だからこそ血管を的確に塞ぐことができる。自分の体に巡る血を意識できる今の私なら、応急処置としては可能なはずだ。他人の血だから無理じゃ無いかとか考える余裕はなかったが。
相手の腕からは大量の血が溢れ出していたが、なんとか氷で隙間をガチガチに固め、出血を抑え込むことには成功した。
ふと周囲を見ると、見学していた他の英雄の仲間二人が、布を使って止雪を手伝おうと駆け寄ってきていた。だが、目の前の凄惨な光景にどう手を出していいか悩んでいる様子だ。遠くからは「すぐに近くのヒーラーを呼んできます!」という訓練生の大声も聞こえる。
そんな混沌とした状況の中、腕を失った英雄は、私に向かって笑いかけてきた。
「いやぁ、ブランが強くて安心したよ。これなら本当に、安心して引退できるね」
慰めの言葉が、私の胸を深く締め付ける。
一応、この状況でも実力のあるヒーラーなら、時間はかかっても腕を繋ぎ直せる可能性はある。だが逆に言えば、未熟なヒーラーでは治せない。応急処置をして、実力者すら治せなくなるような、完全に手遅れになるまでの時間を少しだけ引き延ばすことしかできないのだ。
こんな大怪我を完璧に治せる実力を持ったヒーラーなど、街に一人、この巨大都市でも数人いれば良い方だろう。完全に運任せだ。滞在しているヒーラーなど聞いた事がない。
「あの……っ、せめて、ダメ元でも私の回復魔法を試させてください!」
私は泣きそうになりながら、自分の手にべっとりと付着した英雄の血を、無意識のうちにペロリと舐め取っていた。
(……なんか、変な味)
頭の片隅でそんなことを思いながらも、私は「まずい、まずい!」と内心でパニックになりながら、必死に深呼吸をして極限の集中状態に入った。
英雄の腕に向かって、回復魔法と少量の氷の魔力を流し込む。自分自身の犯した過ちから目を背け、不安な気持ちを考えたくなかったので、ただ別の「集中できること」に精一杯の状態にして、意識を誤魔化していたかっただけという側面もあった。だが、ひたすら魔力を注ぎ込んで一分ほど経った頃だろうか。
目を瞑っているはずなのに、なぜか血の流れ――英雄の体内の血脈が、次第にハッキリと視覚化されて「見える」ようになった。
(いけるかもしれない)
私は斬り離された腕の血管を、微調整しながら寸分の狂いもなく元の位置へと合わせていく。
傷口が完全に塞がるよう、強く、強く念じる。自分の体で何度も自傷と治癒を繰り返したあの感覚。クロから教わった、皮膚、血管、神経の構造と理屈。
神経そのものは肉眼で見えないが、血管の位置が完璧に合っているなら、その周囲にあるはずの神経の通り道も一致するはずだ。そう判断した私は、最優先で血管を繋ぎ、次に神経だけを狙って繋ぎ直していく。
どれほどの時間が経ったか分からぬが、血管は確実に結合した。しかし、表面の皮膚や肉はまだ一切くっ付いていない状態だ。肉が自重で落ちないよう、氷の膜でサポートをしなければならない。
その後は知識とイメージを総動員して、皮膚と皮膚をひたすら縫い合わせるような緻密な作業を、果てしない時間をかけて繰り返した。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
やがて、これ以上治す場所がなくなったという明確な手応えと共に、英雄の腕の血管を血液が正常に巡り始めたのを完全に視認し、私はゆっくりと目を開けた。
遠ざかっていた周囲のざわめきが、唐突に鼓膜へと流れ込んでくる。
「……あれ?」
久しぶりに目を開けたせいか、強烈な目眩に襲われた。視界が白く濁り、眩しさに耐えきれず、私は思わず目と眉のあたりを両手で強く押さえた。




