39話 暇潰しの同行者
巨大都市のギルドで、それなりの金額が懸けられた指名手配犯の情報を探る日々が続いていた。しかし、網に掛かるのは指名手配犯の格にすら及ばぬ手応えのない末端や、野良の悪党ばかりで、目ぼしい大物の足取りは一向に掴めない。ギルドの職員たちも、元からではあるが、すっかり諦めムードを漂わせている。
そのため、私たち三人の日常はある意味で安定していた。
それは、お金を含めて生活に一切困っていないからというのも大きい。もはやクロとラメに至っては、暇潰し感覚で悪党を狩っているような状態だ。
食事にしても、その辺の獲物を『捕食』するか、店で買うかは完全に気分次第。調味料さえ掛ければ何でも美味しく感じるらしく、完全に腐っているものを例外として、彼女たちの食へのこだわりに関してはすっかりなくなってしまったらしい。
そんな停滞した日常の息抜きというわけではないが、私――ブランは一週間に一度か二度のペースで、あのスラムの父娘、リュエたちの家へと足を運んでいた。
「……ねえ、ラメ。流石に動きづらいんだけど」
「んー? だって暇だし」
私の背中には、マスタード色の獣耳と尻尾を持つ少女、ラメがぴったりと抱きついていた。
もはや強制的におんぶさせられている。客観的に見て、私と彼女の関係が「仲が良い」とは到底言い難いはずだ。出会ってすぐに私の利き腕を容赦なく斬り飛ばした怪物の一角、それがラメなのだから。
思っていたより軽いのは救いだが、もし街中で「重っ……」などと口走ったらどうなるのだろうか。想像するだけで恐ろしいので、やめておこう。
(一体、彼女の中で私はどういう位置付けになっているのか?)
本人に直接その印象を聞いてみたいところだが、恐ろしくて口が裂けても聞けない。当然、私に拒否権など最初から存在しなかった。ちなみにクロはといえば、「一回見に行ったし、興味ない」と家に引きこもり、すっかり本の山が出来上がった部屋で読書に耽っている。
そもそも、私がこっそりリュエたちの元へ通っていることがバレた原因は、過去にラメが好奇心だけで私の後ろをつけてきていたかららしい。いつの間に尾行されていたのかと考えを巡らせ、背筋に冷たいものが走った、その時だった。
チャリン、と軽い金属音が足元で鳴った。
硬貨が六枚、地面へと転がり落ちる。
「あ、やば……」
ラメは気だるそうに私の背中から降りてそれらを拾い上げると、何事もなかったかのようにポケットへと戻した。どうやら彼女の所有物だったらしい。
その後はおんぶを再開するでもなく、ごく自然に私の隣を歩き始めた。どうやら、このまま一緒について行くことを完全に決めたようだ。本当に表情は分かりやすいのに、口数が少なくて何を考えているのか掴めない子だ。
そうして二人でスラムの路地を抜け、リュエたちの家に到着した。
扉を開けると、そこにはリュエがいた。
「あ! ブラン! ……あ、あの時の、助けてくれた人!」
九歳になるリュエは、私を見て満面の笑みを浮かべ、その後ろにいるラメに気づくと少し驚いたように声を弾ませた。リュエからすれば、私やラメは自分を邪教の手から救い出してくれた恩人という扱いなのだ。
またリュエは、クロやラメが自分とほぼ同じくらいの体格でありながら、大人の悪党を圧倒するほど「強い」という事実を知っている。けれど、その理由を深く問い詰めてきたことは一度もない。私としては、詮索されないのは正直に言って非常に助かっていた。今度、こっそりどう思っているのか聞いてみようか?……いや、ラメがまた知らぬ間に背後にいるかもしれないから、やめておこう。
今の私やラメは知る由もないが、かつてクロがこっそりリュエを脅し、さらにチチからもきつく注意されていたからだったなんて。
挨拶を交わした後、これからの対応について私が少し考えて黙り込んでしまうと、ラメが最初に口を開いた。
「暇だから来たの! ブランがよくここに来てるみたいだし、気になって着いて来ちゃったんだ!」
ラメはどこか、私に向かって「あなたもちゃんと説明してよ」と言いたげな口調でリュエに笑いかける。リュエも「まあ、ありがとう!」と嬉しそうに頷いた。
かつて闇金や邪教の事件が起きた時は、命の危機と情報収集で周囲をじっくり観察する余裕がなかったのだろう。ラメは珍しそうに、リュエの狭く飾りのない殺風景な家の中をきょろきょろと見回している。
「そういえば、リュエって言うんだっけ? ブランから聞いたの。私、ラメって言うんだ!」
無邪気に自己紹介を始めるラメを見て、私は小さく息を吐いた。
この家に、もうこれ以上金品や情報といった「収穫できる物」は残っていない。けれど、ラメがリュエを獲物として捕食するような気配はなさそうだ。それなら、この二人を同じ空間に置いておいても問題はないのだろうか。
少し考えたが、特に問題はないと考え直し、私も声を掛けた。
「なんだか、ただ遊びに来たみたいになっちゃってごめんね。突然押し掛けちゃって……」




