38話 風の獣と、執念の小さな奇跡
私が体ではなく頭の疲れを感じ始めた、座学の四日目。ついにラメの適性魔法が見えてきた。
『風魔法』である。奇しくも、ブランと同じ適性だった。
他にも適性があるかもしれないが、メインとされる属性は一通り試したので一旦保留とした。ただ単に、私が教え疲れて逃げたかったという本音は隠しておいた。
「音は空気を伝わってくる風の一種だし、物や人が動く時は必然的に空気が動く。だから、そこには自然と風が少なからず生まれるんだよ」
風についてそう説明した時、ラメの理解は異常に早かった。音や気配、空気の流れ。狼としての本能で最も関わる機会が多い現象だからこそ、理屈ではなく感覚としてすんなりと腑に落ちたのだろう。
私は、簡易的な風魔法を物理攻撃のサポートとして使う戦法を勧めた。
元々、ラメの異常な素早さを相手にする時は、見てから反射神経で避けるより『勘』で避けるしかない傾向がある。そこに風の魔法による加速や軌道変化が加われば、一体どうなるのか。
ただでさえ目で追いきれないラメの動きが、さらに化ける予感がした。
ブランは数多の氷を浮遊させ、視界を錯覚させることでラメの素早さを封じ、上手く回避や攻撃に繋げていた。
もし今の私がラメと本気で戦うなら、どうするだろうか。完全に避けるのは諦め、適当な場所を意図的に斬らせたタイミングで、相手の急所を刺すか斬るしかないだろう。私にはブランのような器用な真似はできないが、被弾機会を減らせる方法を何か考えてみても良いかもしれない。
ちなみに、私自身の血魔法はナイフを一定距離まで好きに動かせるが、同時に操れるのは四本が基本だ。これが八本になると、脳への負担は二倍どころではなくなる。
試しに「これから寝るだけだし」と思って家で二十本同時に動かしてみた時は、気がつけば朝だった。その後、ベッドでラメに何かしたような気がするのだが……なぜか記憶がない。
◆ ◆ ◆
一方で、血まみれになりながら根気よく自傷と修復を繰り返していた私にも、ついに変化が訪れた。
「……クロ。見てください」
私は少しだけ震える手で、自分の指先をクロに見せた。
「先ほどナイフで切った、指の爪の半分ほどの小さな切り傷が……見ての通り、塞がりました」
十分という長い時間をかけて、ようやくできたのだ。
「……できたね。ほんの僅かだけど」
クロが淡々と、けれど確かに認めてくれた。
適性外の壁を越え、回復魔法の効目が発生した瞬間だった。
十分もかけてこの程度の傷を治すなど、実戦では到底使い物にならない。
だが、一度でも出来たのなら、その時の感覚を忘れずに根気よく繰り返せばいいだけだ。氷や風、そして血魔法の時と同じように。
絶望と徒労感の底にいた私の目に、確かな希望の光が宿るのを感じていた。




