37話 魔法の理と、狼の座学
特に報酬の高い大物の指名手配犯に繋がることもなく、日常が停滞し始めてから三、四週間が経過した。
ただ、暇つぶしに狩った野良の悪党を適当に拷問していると、時折奇妙な噂が吐き出される。
「痛覚を消す薬か何かが出回っている」
「時折、精神がおかしくなるヤバい薬をやっている奴がいる」
一つ前の街の『毒』の時のように、私は確認のため一人の悪党を山奥へ連れ込んだ。生きたまま肉体を切り開いては回復魔法で治癒し、徹底的に探ってみたのだが――結局、何も掴めないまま断念することになった。
体内に薬物の異常はない。小悪党どもが未知の恐怖から生み出した、ただの作り話という線も高いだろう。
私はブランに血魔法と回復魔法の基本的な知識を教え終えていたが、彼女は私の予想以上に根気強く練習を続けていた。
本来、魔法というものは自分に適性のある属性であれば、基礎知識を知ってから二十分もあれば僅かながらでも発動できるようになる。それが魔法の基本だ。
逆に言えば、適性外の魔法の習得は不可能に近い。だが、歴史上の記録には「根気よく練習を続ければ使えるようになる」とも記載されている。ただし、具体的にどれだけの時間を費やせばいいのかは記述されていない。
ブランの回復魔法の成長次第ではあるが、彼女を見習って、私も使えない属性の魔法の練習をしてみるのもいいかもしれない。まあ、暇つぶし程度にだが。
ブランは血魔法の練習も兼ねて自分の体に小さな傷を与え、そこに必死に魔力を流し込んで回復魔法を使い込み始めた。
使えそうにもない魔法が執念だけで本当に使えるようになるのか。純粋な興味が湧いた私は、彼女の特訓を静かに見守ることにした。
そんなブランの姿を見て興味を持ったのか、ある日、ラメが「魔法ってどうやるの?」と私に質問してきた。
ラメに分かるようにどう説明すべきか、そこそこの沈黙が流れる。少し困ったが、要するに「適性の属性を見つけて、あとは練習するだけ」だ。ただし、そのためには『知識』が不可欠になる。
都合よく自分の適性属性を手っ取り早く知る便利な方法などは存在しない。そういう道具や能力があれば良いのだが、現実は地道だ。全ての属性の知識を頭に入れ、一つ一つ試していくしかないのが厄介なところだった。
「例えば水魔法なら、魔法抜きで『水とはどのような存在か』『どうやって生まれるのか』を理解しなきゃいけない。回復魔法なら、人体の構造や、どこがなぜ致命傷になるのかを知る必要がある」
その属性の概念を完全に理解した状態で、三十分ほど魔力を練って発動を試みる。それを繰り返すしかないのだ。
「何日か朝から昼まで勉強してみる?」と提案すると、ラメは「やってみる!」と元気よく頷いた。
こうして、魔法の勉強という名の『世界の成り立ちを教える座学』が始まった。
予想はしていたが、野生児のラメは知識の理解にひどく時間がかかる。私は一日一、二種類の属性を目安に、よく知られる属性魔法の基礎知識から根気よく教えていくことにした。
――そして、教えようとして重大な事実に気が付いた。
ラメは、読み書きができないのだ。
私自身は情報収集のために本や新聞を読み漁り、大抵の知識は頭に入っている。誰かに読み書きを手伝ってもらう必要がなかったため、そんな当たり前の事実を完全に失念していたのだ。
そういえば、一つ目の街で情報収集をさせていたあの商人に、スラムで餌付けされていたんだったか……。本を読んでいる姿など、一度も見たことがない。
全て、言葉だけで教えるしかない。
どこまで理解できたのか、置いてけぼりになっていないか確認しながら進めないといけないため、想定よりも遥かに大変な授業になりそうだと感じた。




