3話 スラムの拠点と、非効率な肉
ヒーラーから教えてもらった情報によると、居なくなっても誰も気にしないような場所は、街の端っこ、魔物が現れる山の近くにあるという。
洞窟を発つ前、私は自身の姿をできる限りスラムに馴染むよう偽装した。
ちょうど良いボロ着はなかったが、使い込んでいるように着崩し、派手過ぎない服装を選ぶ。街の底辺に溶け込むための手段としては心許なかったが、仕方ない。
その分、深夜の暗い時間帯を選んで移動した。狙い通り、街の裏口を抜けても、すれ違う者は誰一人として私を気にも留めない。
深夜だからか、この日確認できた範囲で外を歩いている人間は両手で数えられる程度だった。体感として一時間ほどは偵察も兼ねて歩いていたはずだが。
手頃な拠点の目星をつけながら、人々の様子や街の構造を観察して回る。
もしもこんな治安の悪いスラムで、少しばかりの小銭を持っていそうな小さな女の子が一人で歩いていればどうなるか。当然のように『手早く奪い取れる獲物』として狙われる。
あからさまにお金を見せびらかすまでは行かなくとも、さりげない隙を見せるだけで、狙っている者達は敏感に気付いて食いついてくる。こればかりは非常に助かる性質だ。
なぜなら、悪意を持った者だけを、自然に、誰にも気付かれずに間引けるからだ。
背後からついてきている気配を察知したら、やることは一つ。わざと人通りのない路地裏へと歩みを進めるだけだ。相手は自分が誘い込まれているとも知らずについてくる。
造作もない狩りだった。
「がっ……あ……ッ」
ヒーラーの時と似たやり方で、裏山に近い路地裏の曲がり角で、手早く一瞬の隙を突いた。
男は凶器を隠し持っていたようだが、サクッと吸血して体の動きを鈍らせ、布で口と手足を縛り上げる。そして、私の足跡しか残らない山奥へと連れ込んだ。
元の洞窟は遠いので、大声を出しても誰にも聞こえない程度の適当な距離まで運び、口だけを開放して色々教えてもらった。
最近の街の情勢、上層部の噂、同業の悪党について。そして何より『彼の家の場所』を吐かせた。
彼は都合の良いことに一人暮らしだった。尋問の所々で「助けてくれ」と懇願してくるので適当に「いいよ」と肯定しておいたが、もちろん生かして帰すつもりは毛頭ない。
用が済んだ後は、金などの副産物だけを懐に回収し、動かなくなった遺体は適当に満腹になるまで食べた。
ここは魔物が割とよく出没する場所だ。人が通る道には現れないが、人がいないような山の中を全力で探せば、夜の間だけでも数匹は見つけられる。
とはいえ、私がもっと山奥で狩りをしすぎた結果警戒されているのか、あるいは魔物達の間で情報が共有されているのか、気配だけは薄っすら感じるものの、一切こちらに近づいてくる様子はない。
だが、人間という『食べ残し』が中途半端に放置されて、その血の匂いが魔物に伝わればどうなるか。私が立ち去った後の状況など、考えなくても分かることだ。
また、先程スラムを見回った際、平気で三体ほど身元不明の遺体が端っこに転がっているのを確認した。遺体が一つ増えたところで、それが誰だったか気にする者などいなさそうだ。今後の死体処理の選択肢としては大いにあり得る。
吐かせた家の場所は、割と近かった。
大体の場所は理解していたし、わかりやすい目印などは無かったが、あの男と同じ匂いが染み付いていたため確信した。玄関の鍵が当てはまり証明された。
周辺を観察して分かったが、近隣の住民は隣に誰が住んでいるか把握すらしていない。というより、他者への警戒心と治安の悪さが極まっており、他人に干渉する余裕がないのだ。今日から私がこの家に居座ったとしても、元々の住民なのか新入りなのか、誰も気にしないだろう。
玄関から入ると大きい部屋が一つに、小さい部屋が二つ。建設されてから何十年も経っているのか壁は剥がれ落ちていたが、元々この辺りはスラムではなく、もっと栄えて文明が発展していた場所なのだろう。
本で得た知識では「スラムの家は玄関のドアがない、鍵がない」といった特徴が書かれていたが、ここはちゃんと備わっている。あの男が「よく弱者を狙う」「仲間がいる」と言っていたので、恐らく周りの家よりも優秀な造りなのだろう。スラムにおいては優良物件だ。
ただ、大きい音や匂いは隣や付近に貫通すると思われるので、何らかの対策は必要だ。
睡眠は先までしっかり取っていたので眠気はない。
拠点の安全を確保した私は、荷物を整理した後、もう少し街を散策してみる事にした。
「……不味い。」
街の構造を把握するために歩いていただけで、もう一人『釣れて』しまうとは。
お腹はいっぱいだったので今は捕食など考えていなかったし、金を持っているようなさり気ない主張すらしていなかったのに。
せっかくだからと少し小腹を満たすつもりで口をつけてみたが、思っていたよりも酷い味だった。
一人目の男は比較的動ける方で鍛えていたからそれなりの味であったが、目の前にある痩せ細った『食べ物』は、果たして同じ生き物なのかと疑うレベルだ。
食べられなくはないが、生で食べるにはあまりに臭く、酷い味がした。
私は練度の高くない火魔法を指先から出し、肉を炙った。
簡易的な調理――というよりただ焼くだけだが、それでも臭みや味は誤魔化せる。私はただ生きるためのエネルギーを補給する作業として、焦げた肉を少しだけ胃に流し込んだ。
ほとんど試食のようなものだったが、流石に食べる手間すら面倒に感じたので、残りは適当に街の端へ捨てた。
中途半端に肉が欠損しているため人間の仕業だと疑われるかと少し考えたが、山の近くなら魔物の仕業だと思われるだろう。それに、この痩せ細った個体から有益な情報が引き出せる価値があるとも思えず、元いた家の住人や情報でお腹がいっぱいだったこともあり、尋問もしなかった。
さて、私はこの街では『悪い奴』を優先して狩る事を決めている。
ふと、父がよくこぼしていた愚痴を思い出す。
『昔は悪い人間なんて全然いなかったのに、時代が変わり過ぎた。魔物とか、もっと色々いたんだけどね』と。
回想の途中、なぜ私たちは山奥で暮らし始めたのか、吸血鬼という存在は本当におとぎ話で、私と父以外にはいないのか、ちゃんと聞いておけば良かったと思ってしまったが、今となっては分からないし、重要でもない。
父が言うには、『悪い奴を更生させる道もあるが、何十年前と比べて人間の数が二、三倍と異常に増えている今は、物理的に減らした方が早い』と諦めていた。
これについては、私も同意する。
食事のついでに金などの副産物が手に入るのは美味しい。
街の『何でもない奴』を狩ったら色々な人間から探られ、狙われるかもしれないが、悪い奴が消えたからといってわざわざ探るような物好きもいないだろう。
もし万が一バレたとしても、悪党相手なら『罪に問われにくい』のだ。今の時代は、昔と比べて人の命の価値観が変わってしまったとも本に載っている。
もちろん、食べるものがなければ『何でもない奴』も狩るかもしれないが、お金があれば大抵のことは解決するから、あまり関係のない話だろう。
幼い頃、恐らくは何でもない人間を数人、山奥でやってしまったこともある気がするが――まあ、過ぎた話だ。




