32話 停滞する日常と、不器用な魔法交換
邪教と闇金の事件から、約三週間が経過した。
特に報酬の高い、残り三人の指名手配犯については全く進捗がない。ギルドも正直なところ諦めムードで、私が何気なく話題に出しても「見つけられたらいいけどね……」と零されるレベルだ。
一応あるとすればギルドの公開情報だが、その内一人に指名手配犯について「ロワは、家族を失って暴走し、無実の人に沢山手にかけた狂人である、元ギルドでの仕事人だった」
…どう言う人物なのか分かるぐらいで決定的ではない。
ここしばらく、私はギルドで小悪党の討伐や都市の手伝いといった普通の依頼をこなしつつ、暇さえあればクロやラメの手口を真似て、裏路地の悪党を狩っていた。
私一人で仕留めることもあれば、クロたちに後処理を任せることもある。二人が捕まえた場合は、大抵クロが拷問役だ。一日に一人か二人を目安に、人目に付かないよう秘密裏に処理していく。その過程で、なんとなく人の内臓の仕組みに詳しくなってしまった気がしなくもない。
だが、末端のチンピラや野良の悪党は本当に何も知らないか、ただの使い捨てばかりで、成果らしい成果は得られていなかった。
空いた時間には、ついでに例の父と娘の家へ様子を見に行ったりもした。
そんな停滞した日常の中、私はある日、クロに「回復魔法を教えてほしい」とお願いしてみた。
「大前提として、魔法には人によって属性の適性があるから、知識があっても使えるかは別だよ」
クロはそう前置きした。彼女自身、得意なのは回復魔法と、料理に使う程度の火属性魔法だけで、他はさっぱりだという。
それから、クロは私に回復魔法の見本を見せてくれたのだが――その方法は、控えめに言って異常だった。
彼女は迷いなく自身の腕をナイフで深く切り裂き、そこへ回復魔法をかけて見せたのだ。
内心ギョッとしたが、悲鳴を上げることはなかった。日々の拷問に付き合わされているうちに、内臓や血を見慣れてしまっていたからだ。とはいえ、腕を切り刻んだクロ本人は異常なほど平然としていた。
「怪我人を待って他人に使うより、自分の体で試す方が、治す方も治され方の感覚も掴みやすいからおすすめ」
確かに、回復魔法の練習のために、わざわざ負傷者が運ばれやすい場所へ出向くよりは手っ取り早いし、効率的だ。だが、自分自身を切り刻んで練習するという発想は、まともな人間のそれではない。
そういえば以前、どこかでクロの回復魔法の光景に見覚えがある気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。
◆ ◆ ◆
「逆に、ブランは私に氷や風魔法を教えてくれない?」
私は、魔法の本の知識は完璧に頭に入っているのに、なぜ自分が他の属性魔法を扱えないのかが不思議だった。ブランが使いこなす魔法の感覚を知れば、何かヒントになるかもしれない。
そう思って提案してみたのだが、結果的にこれが間違いだった。
「えっと、風を集める時は『ふわっ』として、そこから『ヒュンッ!』って感じで圧縮して、最後に氷を『バキィッ!』って……」
ブランは、良くも悪くも言葉で説明するのが絶望的に下手くそだった。
知識だけは魔法の本のおかげで持っているため、彼女が言いたいことの大体の予想はつく。だが、彼女は理論ではなく、完全に感覚だけで魔法を構築しているのだ。
(……なるほど。この子は、理屈じゃなくて直感だけで魔法を使いこなせる天才なんだな)
私はそう理解し、彼女から論理的なヒントを得ることは早々に諦めることにした。
人に教えることは苦手なのに、魔法をこれほど高レベルで扱えるブランのことが、少し不思議だった。
ふと、身振り手振りで必死に擬音語を発している彼女を見つめる。
白髪のロングヘアーに、青い瞳。
その容姿はまるで、人が住める限界を大幅に超えた、魔物しかいないと言われる未踏の超積雪地帯――そこに棲むという、幻の「白い狐」を強く連想させた。
私は、静かに本を閉じた。




