28話 隙間からの暗殺と、黒い呪い
山の地形に隠されたその建物はひどく古びており、壁の所々に隙間が空いていた。
中から漏れ聞こえてくる声を拾うと、「呪いを背負わせて天国に……」などと唱えている。私には全く理解不能な教義だ。
中には明らかに十人ほどの人間がいる。しばらく様子見だ。
古びた家のおかげで、壁の隙間から内部の様子がよく見えた。室内は暗く、真ん中辺りに蝋燭がいくつか灯されているだけで、不気味な詠唱が響いている。私たちには夜目が効くので、中の状況ははっきりと分かった。
部屋の中央で、買い取られた娘は手錠と足枷を嵌められ、頭を布のようなものですっぽりと包まれていた。信者たちが何かを唱えているおかげで、私たちが外で少しの物音を立てても気づかれることはない。
しばらく様子を見ていると、儀式が終わったのか、解散の空気が流れ始めた。
何か、黒い煙のようなものが娘の体へと吸い込まれていくのが見えた。その光景を見て満足したのか、十人ほどの信者たちは次々と外に出て、街の方へと帰っていった。
中には一人だけ、明らかに服装の異なる――上の立場の幹部と思われる男が静かに残っていた。
(……いや、あれは何か魔法を無詠唱で使っているな)
観察していると、頭を布で包まれた娘がいきなり苦しそうに身をよじり始めた。
私は、先に出て行った十人ほどの信者たちが視界から見えなくなる距離まで離れたのを念のため確認してから、行動を起こした。
静かに、壁の隙間からナイフを滑り込ませる。
宙に浮かせたナイフを血魔法で操作し、男の急所を的確に貫いた。無音の暗殺だ。
中に娘以外いなくなったのを確認し、私たちは建物の中へと侵入し、真っ先に娘の元へと向かった。
だが、明らかに異常だった。
娘の体から、黒い湯気のようなものが立ち昇っている。私はすぐに手錠や足枷を砕き、頭に包まれていた布を外したが、娘は激しく狼狽えて、苦しそうに喘いでいた。
即座に回復魔法をかけると、次第に落ち着いた様子にはなった。
だが――見開かれた娘の両目は、それぞれ全く別の方向を向いて焦点が合っていなかった。
(呪い、か。あるいは精神そのものが壊されたか。たった短時間で考えにくいが)
肉体の損傷ならいくらでも治せるが、こういう得体の知れないものは私の専門外だ。
とりあえず痛みは治ったようだから良い。気を失った娘をラメに頼み、闇金の連中にバレないよう、父親とブランが待つスラムの家へと担いで急ぎ気味で帰ってもらうことにした。
ラメを見送った後、私は情報収集できる物がないか、屋敷の中を探索した。
まずは暗殺した幹部の死体から身ぐるみを探ったが、びっくりするぐらい何もない。娘を買い取った時に支払われたはずの金すら持っていない。おそらく、資金や重要な資料は普段ここに置いていないのだろう。
部屋の中も同様だ。何も入っていない棚、ただの着替えスペースを仕切るカーテン、簡素なトイレ、椅子、そして気味が悪い祭壇。
狂信者のアジトとはいえ、ありえないぐらいに質素で空っぽだった。
これ以上の収穫はないと諦め、私もすぐに屋敷を後にして、ブランたちの待つスラムの家へと戻ることにした。




