23話 砕けた剣と、歪な服従
開始の合図から約五秒後。私は仕掛けた。
得意とする氷と風の魔法を時間を掛けて無詠唱で展開していた。風の推進力と氷の滑りを利用し、自身の物理的な速度と斬撃の威力を極限まで高める技だ。
普通の実力者であれば、回避行動を取られたとしても、確実に私の剣が先手を取れる絶対の自信があった。
踏み込み、音を置き去りにしてる気分の速度で剣を振り抜く。
だが、目の前の光景は信じ難いものだった。
ラメは素早く四足歩行の体勢になり、私から見た『当たり判定』を最小にまで絞り込み、氷の上を滑るように横へと回避したのだ。
剣撃は躱された。だが、剣に纏わせた氷の範囲攻撃が、辛うじて彼女の腕にかすり傷を負わせる。
だがいける。
私はすぐさま、ラメが回避した方向へと剣を構え直し、追撃の刃を振り下ろした。
――そこで、私は一生忘れないであろう、驚愕の光景を目にした。
私は、ブランが何を仕掛けてくるんだろうとワクワクして見ていた。
そしたら、急にすごい速さで飛びかかってきたの!
目で見てから「避けなきゃ」と考えたというより、身体が勝手に、教わったこともないような動きで回避行動を取っちゃった。
その時、腕にチクッと氷が当たった気がしたけど、気にする間もなく次の攻撃が来た。
なんか、目の前に剣の刃先が迫ってきたから……思わず、口を開けて『ガキッ』と噛んじゃった。
(あれ、そういえばクロからもらった剣はどこいったんだろ?)
そう思ったら、無意識のうちに自分の尻尾で剣を器用に巻き取って持っていたみたい。
(あれ? ってことは、今私が口で噛んでる目の前の剣って……あ、ブランのじゃん)
パキンッ、と。
硬い鉄が砕ける、嫌な音が森に響いた。
ヤバ、噛み砕いちゃった。どうしよう……。
私は思わず、クロの方をチラッと見て、助けを求めるような視線を送った。
私は、目の前で起きた事象を三十秒ほどかけて静かに情報整理していた。
ブランの攻撃は見事だった。風と氷魔法で自身の剣技を強化する立ち回り。そこまでは悪くない。
もし私があの初撃を受けたなら、回避はできないと思われる。大人しく肉を斬らせ、その一瞬の隙に相手の弱点をナイフで突き刺し、後から自身の傷を回復魔法で元通りにしていただろう。
だが、現実の光景は私の想定の斜め上をいっていた。
ラメは尻尾で自分の剣を持ち、ブランが早く振っていたはずの剣の刃を、牙で噛み砕いていたのだ。流石に真似できない。
森の中に、気まずい沈黙が流れている。
ラメは「やっちゃった」という気まずい顔で私を見ており、ブランは砕けて使えなくなった自分の剣を見つめて呆然としている。
後から知ったが、彼女が二年は大切に使っていた相棒の剣だ。
やがて、ブランの瞳から涙がこぼれ落ちた。
泣きたいと思ったわけではないのだろう。あまりの理不尽と喪失感に、身体が勝手に涙を流してしまったという様子だった。私より小さな女の子二人の前で、エリート候補の彼女がボロボロと泣いている。
「…………ふ、ふふっ」
だが、次の瞬間。
泣いているはずのブランの口角が、吊り上がった。
彼女は完全に理解したのだ。自分は、この目の前の二人には『絶対に勝てない』ということを。心の底から、絶対的な上下関係を悟った。
しかし、だからこそ。
この圧倒的で理不尽な化け物たちをうまく『利用』できれば、自分の復讐は必ず叶う。
絶望の涙を流しながら、希望に満ちた歪な微笑みを浮かべるブラン。
(……ああ)
その、完全に己の力を諦め、私という存在に屈服した人間の姿を見た瞬間。
この時の感情はうまく説明できないが、私の中に、ひどく甘くて『満足』に似た感情が込み上げてきた。
よくわからないが、こういう顔を、また見たくなってしまった。
「……とりあえず、街に戻ろうか」
私がそう提案すると、二人は素直に頷いた。
帰り道、ブランは涙を拭いてすっかり吹っ切れたような足取りで歩き、ラメもなんか満足そうな顔をしている。
対人戦なら、ブランは普通の人間相手には十分に勝てるだろう。とクロは考えていたのだが、ブランとラメの間に、根本的に『生物としての考え方』の違いがあることまでは、クロは深く理解していなかった。
まあいいか。
私はそんなことを思いながら、二人の前を歩き続けた。




