22話 模擬戦と、理不尽なる怪物たち
貧民街での一件を終え、私は家で待っていたブランに今後の計画を話した。
父親が借金をしているという男の背後には、教団と指名手配犯の幹部がいる可能性が高い。だから、明日の夜にやってくる取り立て人を、尾行する。
ブランには、一応あの父親と一緒にいてもらう事にする。
その方針を伝えると、先ほどまでラメに馬乗りでやられまくってやつれていたブランだったが、「相手が悪党なら」と前向きな姿勢を示した。指名手配犯なら報酬も高い。彼女にとっても旨味があるのだろう。
ただ、明日の夜まではまだ時間がある。
私は、このエリート候補だというブランの『実力』を、今のうちに把握しておくことにした。
「山奥に行くよ。ブランの実力を見せて」
巨大都市の郊外、人気のない山奥へと移動し、まずは私とブランで軽く立ち合うことになった。
最初は私が四本のナイフを血魔法で宙に浮かせて展開したのだが、それを見たブランが「まず無理です」と顔を引きつらせたため、交渉の結果『魔法でナイフを飛ばすのは無し』というハンデを与えてやった。
だが、結局は同じことだ。
開始の合図と共に、私は手に持ったナイフと、手首のスナップだけで放つ投げナイフを駆使し、彼女の身体を軽く刺し、斬った。
すぐに回復魔法で治してやったが、治癒がなければ明らかに致命傷だったはずの攻撃ばかりだ。明るい時間帯の森の中では、ナイフの輝きが逆に保護色となって軌道が掴みにくい。これは夜の闇の中でも似たような凶器になるだろう。
私は、自分の身体が微かに震えているのを抑えきれなかった。
先程まで確かに致命傷となるはずだった首や胸の傷が、無詠唱の魔法で一瞬にして塞がっている。これは人間には不可能な技だと言われている。
(……ただの人や、普通の獣人じゃない)
昨日の夜、首筋を噛まれて血を吸われた感覚。そしてこの異常な能力。彼女の正体は間違いなく『吸血鬼』だ。だが、双子の見た目はどう見ても獣人であり、私の知っている知識と矛盾していてひどく困惑する。
「次はラメ。お互い、即死は避けてね」
クロがそう言った。お互いにと言いながら、その視線は完全にラメに向けられている。
開始位置につき、私とラメはお互いに剣を構えて五秒ほど様子を見た。
昨日、クロがいない間に二人きりになり、家までひたすら無言だったはずの道中から一転して、いきなりリビングで格闘技込みで一方的に噛みつかれた屈辱がある。「昨日夜なんでクロと2人!!」と弁解しようにも聞き入れてもらえなかった。もうこの模擬戦で、絶対一回はラメを斬ってやろう。致命傷にならなければすぐに治してもらえるのだから、と私はヤケクソ気味に開き直って本気で剣を握り直した。
だが、その想いは虚しく、圧倒的な蹂躙によって打ち砕かれた。
人間同士の戦闘の基本は、二足歩行だ。片手か両手で剣を持ち、あるいは盾を構える。
しかし、ラメの動きは私の想定を遥かに超えていた。
彼女は突如として四足歩行の獣のように地に這い、予測不可能な軌道で飛びかかってきた。さらには手に持っていたはずの剣をいつの間にか口にくわえ、獣の俊敏さで私の死角へと潜り込む。
「――ッ!?」
対人戦のセオリーしか頭になかった私に、そんな動きが予測できるはずもない。
剣で斬り合うどころか、すれ違いざまに首元を深く『噛み切られて』いた。普通なら即死だ。
クロの治癒魔法が飛んできて事なきを得たが、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
速すぎる。私、一度でも攻撃のモーションに入れただろうか。
反撃しようと決意しただけで、身体は一つも反応できていなかった。人間の常識が、この化け物には一切通用しない。
「……なるほど。回避や防御は分かった」
少しの考え事を終えたクロが、口を開いた。
「ブランの戦い方を知りたい。私は攻撃しないから遠慮なくやってみて」
私の攻撃方法を見たいらしい。クロなりの提案だったのだろう。だが。
「私がやるー!」
ラメが嬉しそうに名乗りを上げた。
相手は攻撃しないし、逆にこちらは本気で攻撃していいらしいが、相手があのラメだというのは少し信じられない気分だ。だが、やるしかない。
私は深く息を吐き、自分の最も得意とする戦闘スタイルを構築し始めた。




