21話 異質な親子と、帰還後の惨状
案内された先は、一部屋だけの狭い家だった。
中に入ると、八、九歳ほどの少女が一人。私より少し背が低いその子は、案内させた男性の姿を見るなり「パパ、おかえり!」と駆け寄ってきた。
パパ、ママ。あるいは父さん、母さん。
二人が『親子』という関係であると理解するのに、私は少しだけ時間を要した。
私は自分の両親をパパやママなどと呼んだ記憶がない。いつも名前で呼んでいたし、それが普通だと思っていた。そこに違和感すら抱いたことがなかったのだ。だからこそ、目の前の親密な光景が、ひどく異質なものに見えた。
私はそんな記憶を切り捨て、一歩踏み出した。部屋が一つしかない狭い家だが、気にする必要はない。私は娘の目の前で、父親に向かって淡々と言い放った。
「さて。私を襲った理由を、全部吐いてもらおうか」
脅しを含んだ私の声に、少女は無言で立ち尽くし、口をポカンと開けてただ目を見開いた。
父親は顔を青ざめさせ、「外で、外で話すから!」と慌てて一瞬大声を出したが、すぐにハッとして声を落とし、懇願してきた。だが外には周りの目がある。私はその提案を即座に却下し、無理やり全てを吐かせることにした。
男は観念したのか、嘘偽りなく全てを話し始めた。
最初は後ずさりして家の端で怯えていた少女も、父親が自分を守るために脅されていたのだと知るにつれ、その瞳に同情の色を浮かべ始めた。
どうやら昼間、男は借金の取り立て人から『あの二人(私とラメ)を誘拐しろ』と冗談半分で脅されていたらしい。金の為なら何でもやるようだ。私には理解不能な思考回路だ。
男は多額の非合法な借金を背負わされており、その返済の為に娘を『悪徳教団』だと思われる所に売り飛ばされることになっているのだという。その教団はたちの悪い選民思想を持っており、一度入った一般人は二度と生きて帰れないという噂がある場所だった。
「その、俺を脅している連中のトップじゃないんだが、幹部の一人が……」
男が指差したのは、私がギルドで受け取った指名手配書の一枚だった。
指名手配犯にはトップの奴が載っているが、幹部を辿ればトップの足取りは掴めるだろう。
狙うべき獲物は決まった。
父親の話では、次に取り立て人が来るのは明日の夜だという。私は、明日私を含めた二人か三人でその取り立て人を尾行し、成り行きで闇金か教団に行ってみる方向で話をまとめた。
娘は、計画通り『素直に渡される』演技をして、父は『素直に渡す』演技をしてもらう。失敗したらこの父娘が死ぬだけだが、私には関係ない。指名手配犯には必ず繋がるだろうから。
私がブランの家に戻ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
リビングの床に倒れ伏したブランの上に、ラメが馬乗りになっていたのだ。
「……何してるの?」
「あ、おかえり! ちょっとした格闘技だよ!」
ラメは無邪気に笑って答えたが、下になっているブランは疲労困憊といった様子で、完全に負けたようだった。その表情は完全に諦めきっている。
よく見ると、ブランの足や腕にはいくつもの噛み跡があり、そこから血が流れた跡が残っている。
(格闘技……? なんで噛み跡があるんだろう)
ラメの野生が抑えきれなかったのか、あるいは遊びの延長だったのか。私は深く追求せず、とりあえず魔法でブランの傷を適当に回復させてやった。
「明日の予定が決まった、聞いて」
私は起き上がった彼女に向かって、スラムで見つけた『獲物』と、そこへ至るための計画を話し始めた。




