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この世界の悪は、吸血鬼の小銭稼ぎにすぎない 〜無慈悲な治癒魔法と血の刃で、獲物を捕食する〜  作者: アム


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1話 止血のための回復魔法と、復讐を抱かなかった夜

「た、助けて……! 知ってる同業者のアジトも、顔役の名前も、全部吐いただろ……ッ!だから、約束通り命は助けて!!」

「…。」


無慈悲な回復魔法で生かされ続けていた悪党の首を、クロはナイフで躊躇いもなく跳ね飛ばした。

今日の獲物は、この界隈で少し稼いでいた2人組の強盗。これで本日の『狩り』は終了だ。


「今日の収穫はまあまあ当たりかも。」と考えていたところ、


「あー、美味しかった! クロも食べる?」


振り返ると、妹のラメが服を赤く染めながら、もう一人の悪党だった『お肉』を嬉しそうに差し出してきた。マスタード色の尻尾がちぎれんばかりに揺れている。


「私は家で食べるからいいよ。ほら、ラメも運ぶの手伝って。服を汚すと、後で洗う効率が悪いから気をつけてね」

「えへへ、ごめんなさーい」


転がるのは、たったふたつの死体だけ。

クロは手慣れた様子でナイフを振るい、死体をいくつかの部位に解体していく。そして、切断面に『回復魔法』を薄くかけ、瞬時に肉と血管を癒着させて完璧に止血した。


人の目を掻き潜って拠点に持ち帰るためだ。血の一滴でも道に垂らせば、無駄な追跡者を呼ぶ原因になる。生かすためではなく、ただ「持ち運びやすくするため」だけに、神聖な治癒の力が事務的に使われていく。


またそれだけではない。服についた血の汚れを消すためだけにも使われている。


液漏れしない極上の肉塊となったそれを、姉妹は手分けして袋へと放り込んだ。


(……今日の稼ぎも悪くない。次の獲物の情報も手に入った。最小限の手間で、確実に刈り取る)


完璧に血抜きされた袋を結びながら、クロの冷たい黄色の瞳が微かに細められる。

思えば、ずっとこのやり方で生きてきた。あの山奥の洞窟に逃げ込んだ、あの日から――。


* * *


夜の山奥。静寂は、鉄の匂いと暴力によって唐突に破られた。

獣人と吸血鬼の両親と暮らしていた、当時10歳のクロ。突如として彼らの家を強襲したのは、人間の討伐隊だった。燃え上がる煙越しでも、相手が四人組であることぐらいは分かった。


圧倒的な実力を持つ彼らを前に、両親は血を流しながら、四人組にバレないようこっそりクロへ告げた。

「振り返らず、必ず逃げろ!」と。


その言葉を聞いた瞬間、クロは一切の迷いなく動いた。

親の死を前にして、泣き叫ぶことも、敵に立ち向かうこともしない。怒りも悲しみも湧かなかった。ただ、「逃げろ」と言われたから逃げた。「振り返らずに」と言われたから、振り返ることもなく逃げた。ただ言われた通りにやっただけだ。


闇夜の森を駆け抜ける。足音や気配を殺すことなど、身体が勝手にやってのけた。

向かった先は、土地勘があり、さらに特定の位置を知らなければ絶対に気付けないレベルの小さな洞窟。たまに一人になりたい時に、秘密基地感覚で使っていた場所だ。

息一つ乱さず洞窟に滑り込んだクロは、そこに隠してあった魔物狩り用のナイフを手にする。


しばらくして遠くから、小さく声が聞こえた。

強襲を終え、近くで野宿するのだろう。警戒を解きつつある討伐隊の4人組だ。彼らは酷く疲労している様子で、遠目からでもヒーラーが回復魔法を使っている姿が見えた。

クロは黄色い瞳を細め、暗闇からじっと観察する。やがて、後衛の女性ヒーラーが用を足すためか、見張りの男たちから少し離れて森の奥へと向かった。


サポートメインとはいえ、あのヒーラーならその辺の魔物程度、一人でも余裕で対処できるだろう。討伐隊の男たちもそう思って油断している。実際、この辺りの魔物はその程度だ。

だが、その「魔物程度」の枠に、僅か10歳の吸血狼のハーフは当てはまらない。


音もなく、気配すら完全に殺して、クロは森の影に溶け込んだ。

これは復讐ではない。ただ生きるための『食事』だ。それに、あの『回復魔法』にも興味がある。


油断しきったヒーラーの背後に、夜の闇よりも静かに忍び寄る。

見張りの男たちに気づかれるよりも早く、クロの小さな手が、獲物の意識と自由を的確に奪い去り、深い闇の中へと引きずり込んだ。


親に教えてもらった事はないが、薄々身体や本能が理解していた『吸血行為』を見舞い、声を奪う。念のため口には布を巻きつけて塞ぎ、十歳とは思えない膂力で大人の女を背負って駆けていく。


これが、彼女が初めて人間の血の味を知り、神聖なる『治癒魔法』という最強の道具を己のモノにする、すべての始まりの夜だった。

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