14話 巨大都市と、欠けた英雄たち
乗り合い馬車が止まったのは、巨大都市の巨大な門の前だった。
これだけの馬車の大きさと人混みを考えれば、街の中にまで乗り入れるのは不可能だ。それを証明するように入り口付近には巨大な馬小屋が併設されていたが、私は特に気に留めることもなく、ラメの手を引いて地面に降り立った。
目の前に広がるのは、これまでの街とは比較にならないほど高く積み上げられた石造りの建物と、絶え間ない人の波。
この巨大都市に関する断片的な悪党の情報や噂は、新聞や商人からの資料である程度は知っている。だが、まずは自分の足で歩き、街の空気と構造を肌で理解することから始めるのが私の流儀だ。
到着してからの二日間は、手頃な宿を拠点にし、食事は買い出しで済ませた。
宿の中では、相変わらず無邪気に懐いてくる妹と、それを適当にあしらう姉。どこにでもいる、少し訳ありげな旅の姉妹として振る舞う。
ベッドでは前の街からやっていたが、当たり前となった吸血をしながら、彼女を抱いて寝落ちする。なんとなく、そうやりたくなるのだ。
買い物や宿の支払いの際、金を渡して店員が笑顔になり『心を許す瞬間』を狙い、さりげなく街の近況を聞き出してみた。
「最近、この辺りで物騒な話はない?」
「ああ、お嬢ちゃんたち、気をつけな。近くのあの辺の山奥に、タチの悪い盗賊が居座ってるって噂だ。ギルドにも依頼が出てるらしいが、なかなか捕まらないらしくてね」
どうやら、流れてくる情報の精度は悪くないようだ。後日、その盗賊たちの住処を突き止め、この街での最初の『備蓄』にさせてもらうことにしよう。
下見を兼ねて街のメインストリートを歩いていた、その時のことだ。
「――おお、英雄様だ!」
「こっちを見てくれ!」
前方で、民衆の歓声が沸き上がった。
人垣の向こうから、強そうな武器や防具を装備した一団が歩いてくる。
その姿を見た瞬間、私は足を止め、フードの隙間から冷たい視線を向けた。
それは、かつて私の両親を襲撃した、あの『英雄四人組』だった。
……いや、正確には三人組だ。かつて存在したはずの女性ヒーラーの姿だけが、そこには欠けていた。
私の記憶にある、あの夜の残像や声と、奪った回復魔法の感触。そして教会で手に入れた書類の記述。
それらを照らし合わせ、私は確信する。
(へえ、あいつらが)
遠巻きに眺める私の瞳に、怒りや焦燥といった激しい感情は一切湧いてこなかった。
親を殺された恨みで我を忘れることも、仇を前にして身体が震えることもない。
私が観察していたのは、ただ一つ。
あいつらが『私の邪魔をする相手か否か』。それだけだ。
今の私にとって、彼らは「復讐すべき仇」というよりも、自分たちの平和な捕食活動を脅かしかねない、少しばかり面倒な「上位の障害物」に近い存在だった。
もし彼らが私の獲物を横取りしたり、私の正体を嗅ぎ回ったりするようなら、その時は効率よく排除する方法を考えなければならない。
これは私の勘だが、あの三人相手に接近戦で正面勝負をしたら、負ける可能性もあり得るからだ。
もちろん、やるとしてもそうやって正面からぶつかるつもりなど毛頭ないが。
ラメは隣で、眩しそうに英雄たちを眺めている。彼女はまだ、彼らが『私の家』を襲撃した張本人であることには気づいていないようだ。まあ、わざわざ教える必要がないだけでもある。
「クロ、あのおじさんたち、強そうだね」
「そうだね」
私は短く適当に答え、彼らに背を向けた。
あいつらの実力、街での影響力、そして行動パターン。
巨大都市での本格的な活動を前に、優先して分析すべき対象が、また一つ増えただけのことだ。
新聞によれば、彼らはこの都市に定期的に現れるという『謎の異形の魔物』などを撃破するため、街から金を払われて巡回・護衛として滞在させられているらしい。
今はまだ、牙を剥く必要性もない。
まずは予定通り、あの山奥の盗賊から片付けるとしよう。




