12話 因縁の断片と、瓦解する聖域
三日後、私は深夜の教会施設へと侵入した。
実は二日前に、教会関係者の悪党を都合よく捕らえていたのだ。少し拷問にかけてやっただけで、内部の構造やマッチポンプの仕組みについては簡単に吐き出した。
とある商人とトップが裏で取引をしていること。幹部のうち、自分を含めて三人が協力者であること。毒を購入し、水源にばら撒く手筈になっていることなど……。数日前に立てた仮説は、すでに確信へと変わっていた。
今回の目的は、腐敗の元凶である教会のトップを排除すること。ギルドの依頼でも指名手配犯でもないが、生かしておく合理的な価値が皆無だと判断した。
表向きは神聖な教会だからか、警備は思っていた以上にザルだった。
襲撃など全く想定していないのか、暑さ避けの風通しのためか、都合よく開け放たれていた窓からあっさりと出入りできた。ドアは閉まっていたが問題ない。
部屋に踏み込むよりも早く、血魔法で操作したナイフを放ち、寝ているトップの首を瞬殺。断末魔すら上げさせない、効率的な作業だ。
死体には興味がない。私は手早く部屋を漁り、金品と重要そうな書類を回収した。
その書類を拠点に戻って検分していた時、思わぬ収穫があった。
そこには、私の両親の討伐に関すると思われる記述が残されていたのだ。
『魔王の可能性』『英雄四人組の派遣』、そして襲撃場所の記録。さらに、後から書き加えられたような一文があった。
――『任務成功、ヒーラー死亡』
「……なるほど」
あの夜、私の両親を殺したのは、国から派遣されたこの『英雄四人組』だったというわけだ。そして私が吸血したあの女ヒーラーは、公式には死亡扱いとなっている。
私が回復魔法を奪い取った相手は、間違いなくこの四人組のうちの一人だ。
図らずも、自分のルーツと仇の正体を一気に突き止める形となった。
娯楽用の小説などであれば、こういう展開は『復讐』の引き金として定番なのだろう。
何となくそうだろうとは思っていたが、意図せず四人のうちの一人に復讐を果たしていたわけだ。だが、私の中に「やってやった」というような達成感や感慨は一切ない。
ただ、『あの時の肉や副産物が一番美味しかったな』という程度の感想しか湧いてこない。
昔、父が愚痴のように言っていたが、今の時代はもう平和ではなくなっている。生活に必須でない娯楽本などは、今やほぼゴミ同然の叩き売り状態だ。
というのも、約二百~三百年ほど前には『魔王』というものが確実に存在していたらしい。存在自体が疑われている吸血鬼などと違い、歴史の本でも語り尽くされている確かな事実だ。
魔王が存在していた時代は、魔物も今より種類も数も多く、遥かに脅威だった。知能の高い魔族というものもいたらしい。
その時代の人々は、共通の敵に立ち向かうために団結していたと語り継がれている。分かりやすい敵がいる間は、人や獣人同士での大きな争いはほとんどなかった。小さな揉め事があっても、物資の分配や目標に対する方針の違いなど、あくまで『味方としての考え方の違い』程度だったという。
だが、今は違う。人と人が『敵』として争う世の中になっている。
最大の原因は、人が何倍にも増えすぎたことだ。人口増加によって物資が不足し、金の価値はその分数倍に跳ね上がり、各地にスラムが生まれるきっかけとなった。
その影響で「物資の生産量を増やす」という前向きな方向に動く者もいたが、悪知恵を働かせて他者から搾取に立ち回る者や、暴力で支配しようとする者の方が圧倒的に多かった。真面目に働くという考えを捨てた者の方が、生きるのが『簡単』だったからだ。そう記されている本もいくつかある。
さて。教会のトップが暗殺されたことで、彼らが築き上げてきた『毒の散布と治療詐欺』のシステムは、音を立てて崩壊した。
水源への毒の投入が止まり、病が自然と快方に向かい始めたことに、善良な下っ端信者や市民たちが気付くことはない。しかし、長年君臨していたトップが密室で惨殺されていた事実は、教会内部に凄まじいパニックを引き起こしていた。
計画に携わっていたはずの幹部があと二人いるはずだが、特定できないので無視していいだろう。
さらに、事態は思わぬ方向へ転がっていた。
事件現場を確認した裏社会の実力者や情報通たちが、私がスラムでの治療に使った魔法の痕跡と照らし合わせ、勝手に青ざめていたのだ。
「この魔力の感じ……あの有名な『英雄四人組』のヒーラーの術式と一致するぞ」
「馬鹿な、彼女は死んだはずだ。これは……魔王の再来か?」
そんな壮大な勘違いが裏社会で広まっているとは、当の私は知る由もなかった。
私がスラムで無差別に放った治癒魔法は、街の人々から「奇跡」「幽霊」あるいは「魔王の慈悲」という歪んだ噂となって伝播し、街全体を底知れぬ恐怖と混乱に陥れていたのだ。
その『正体の見えない噂』に誰よりも怯えたのが、教会の共犯者であった商人だった。
私はトップを先に始末してから、彼がこの街にやって来るのをのんびり待つつもりでいたのだが、結局彼が姿を現すことはなかった。
私が接触するよりも早く、道中で噂を耳にしたのか、身の危険を感じて街に入る前に逃げ出してしまったのだ。
まさか、私が次の目的地を彼と同じ『巨大都市』に定めるとは、彼も、そして私も、この時はまだ思っていなかった。




