9話 無駄な拷問と、英雄の誕生
覚醒した商人が用意した情報は、正確だった。
悪徳傭兵団のボスの新たな潜伏先は、表向きは一般人が住んでいるようにしか見えない、ごく普通の民家だった。
私は夜の闇に紛れて音もなく潜入すると、寝室にいたボスの四肢に向けて、血魔法で操作したナイフを放った。就寝中で一人しかいないところを狙うのだから、大した工夫もいらなかった。
最低限の動きで、かつ致命傷を避けた正確な刺突。
「がっ……!?」
くぐもった悲鳴を上げる暇も与えず、声を出せないように喉元の急所ギリギリを切り裂き、血と恐怖で身動きを封じる。あとは手早く縛り上げるだけだ。
指名手配犯を狩ったという証拠(首や部位)だけを持ち帰ってもよかったが、今回は『生け捕り』にした。ついでに、部屋にあった換金性の高そうな宝石や金だけを手早く回収する。
普段なら、近くに山があればそこに引きずり込んで、じっくりと情報を吐かせるための拷問を行う。今回はそのセオリー通り、ボスの身体を担いで裏山へと向かった。
手慣れた手順で痛めつけ、回復魔法を交互にかけて恐怖を与え……無事に情報を吐かせたのだが、ふと、ある事に気がついた。
(……こいつが持っている情報、もう全部知っているな)
あの商人が、この街の裏組織の相関図から隣街の情勢まで、完璧すぎる資料をすでに私に提出していたのだ。
つまり、わざわざ山に連れ込んで拷問したところで、新しく聞き出せる有益な情報など何一つ残っていなかった。結果論だが、全くの不要な手間だった。非効率なことをしてしまった。
私は舌打ちをし、ボロボロになったボスの口元を再び縛り上げ、徹底的に脅しつけながら、一旦スラムの拠点へと連れ帰った。
寝ていたラメを起こし、転がしたボスを指差す。
「これ、大丈夫だと思うけど、絶対に逃がさないで。しばらく見張ってて」
そう頼むと、ラメは寝ぼけ眼をこすりながらも、無邪気に「うん」と頷いて尻尾を振った。
一般人なら失禁して命乞いをするような極悪人の目の前で、小さな獣人の子供がお座りをしてじっと見つめている。少し奇妙な光景だが、まあ問題ないだろう。
私はそのまま表の街へ向かい、ギルドの職員を3人連れてきた。
家の場所が割れるのは避けたかったため、少し離れた路地裏で待機させ、そこへ家から引きずり出してきたボスを放り投げた。職員はボスの顔を見るなり引きずった顔になっていたが、後日、手配書通りの莫大な報酬をきっちりと支払ってくれた。
ボスを討伐した後もしばらくの間、私はこの街に留まり、残党や手頃な悪い奴らを淡々と狩り続けた。
そして数日後。スラムのいつもの定位置にいた商人に、私は無造作に袋を投げ渡した。
「金が多いから、やる」
袋の中身は金貨だ。当初「三年分」と約束した額はすでに渡しているのだが、ボスの隠し財産や報酬が思いのほか多く、別の街へ移動するにしても流石に重すぎたから『ついで』である。
一応この街にも金を預けるような場所はあるが、身元不明の小さな子供がこんな大金を持ち込めばどう思われるか目に見えている。金は自分自身で管理できる分だけ持っている方が良いのだ。
私自身、残っている金で恐らく三、四年は困らない。だから適当に、平民の二年分ほどを追加で投げつけた。知らない奴に奪われるくらいなら、口封じのついでに知っている奴に渡せばいい。
「え? あ、あの、仕事内容は……?」
「もういい。この街でやることは終わったから」
思わず商人の仮面を被り忘れて素が出たのだろう。戸惑う彼に対し、私はそれ以上の別れの挨拶など一切せず、用件だけを済ませて背を向けた。
移動の手段についてだが、自分で馬車や馬を購入するのは管理が面倒で非効率だ。
私は一般より少し贅沢な層が利用する『長距離乗り合い馬車』の席を金で確保し、少し小金を持っている旅人の子供二人に紛れて、ラメと共に次の街の方面へと出発した。
金や武器、情報などを詰めた荷物は多いが、旅行者としてなら十分に紛れられる。隣に、自分と同じ匂いのする厄介なペットが一人増えただけだ。
ちなみに馬車の受付をする時、「子供二人だけ? 親は?」と順当に突っ込まれたが、想定内だ。
直前にギルドでちょっとした小銭を握らせて連れてきた、あの『ベテラン冒険者』をすぐ後ろに立たせ、適当に話を合わせて保護者のフリをさせることで難なく突破した。
私たち姉妹がこの街を去ってから、しばらく後のこと。
表の街の一般人たちは何も気づいていないが、裏社会の生態系は劇的な変化を迎えていた。
『本当のヤバい奴ら』が、完全に消滅してしまったのだ。
情報や金は持っているが、指名手配犯にはなっていない程度の悪い奴らも、危険を察知してどこかへ逃げ去ったようだ。私が出発前に「安いから」と見切りをつけて放置した最後の指名手配犯二人も、覚醒した商人の手に掛かって処理されたらしい。
残されたのは、底辺の小悪党や影の住人たちだけ。彼らは「次は自分たちが掃除されるのではないか」という未知の恐怖に震え上がり、一切の悪事を控えるようになった。
結果として、スラムや裏社会の治安が劇的に向上するという、皮肉な平和が訪れていた。
この街で生まれた『正体不明のヤバい掃除屋(子供の姿をした化物)』の噂は、尾ひれがついて次の舞台へと続く都市伝説の幕開けとなる。
そしてもう一つ。
平民五年分という莫大な資金を渡された、あの商人。
彼は数年後、その資金を元手に情報屋のネットワークを活かした事業の立ち上げや投資を行い、大成功を収めた。莫大な富を築いた彼は、スラムに身寄りのない子供たちのための大規模な孤児院を設立し、街の治安向上に全力で取り組むことになる。
「すべては、名もなき恩人のおかげです」
そう語る彼は、若い頃に上手くいかず諦めていた『英雄願望』を、四十代になって最高の形で叶えた。裏社会のしがない商人から一転、街の英雄として長く語り継がれる存在になっていた。
――そんな事になっているとは、興味もなく。
揺れる乗り合い馬車の中で、私は自分の肩によりかかって眠るラメの重みを感じながら、次の狩場に思いを馳せていた。




