8話 沈黙の裏社会と、覚醒した商人
ギルド側は、私が勝手に賞金首や手配犯を始末していることに対して、あえて詮索してこない。
私について聞きたいこと、どうやって始末したのか、そもそも一人でやったのかなど、気になることは山ほどあるだろうが、彼らから尋ねてくることはない。聞かれたところで言うつもりもないが。
彼らにとっては、手を下すのが誰であれ、厄介な手配犯が消えて街の治安が保たれればそれで好都合なのだ。事務手続き以上の干渉をしてこないのは、非常に合理的で助かる。
一方で、ギルドのような表の組織ではなく、『影の組織』や、貧民街で生き抜いてきた勘の鋭い住人たちの間では、違った反応が起きていた。
彼らは私の異常性にいち早く気づき、「あの子には絶対に関わるな」という警告を裏で密かに回しているらしい。
おかげで、その日適当に小悪党を釣っても、以前より『副産物(金目のもの)』の収穫が少ないのが残念だ。まあ、ギルドの報酬はその分高いから問題はないのだが。
悪さの質が高い人間ほど、私を警戒するようになったからだ。もはや私に不用意に手を出してくる連中からは、情報を含めてあまり収穫が得られないのが当然のようになってしまった。少なくとも、この街ではそうなるだろう。拷問する価値すらない。
どうやら、私くらいの小さな子供がフードを被っている姿を見るだけで、ヤバい奴らはビビるようになったらしい。フードの中身が獣人なのか人間なのか分からなくても、効果は抜群だ。偶然、別の小さな子供がフードを被って歩いていたのを見て、ひどく驚いている人間を見かけ、そう確信した。
もう服装の方向性を変えても良いのかもしれないが、新たに調達するのも面倒だ。服装の件は一旦保留にする。
私がスラムや裏路地を歩く先々で、その界隈の『本当にヤバい奴ら』だけが、私と目を合わせないように静かに道を空ける。
底辺の小悪党は私の姿を見て舐めてかかってくるが、生き残る嗅覚に長けた実力者たちは、無言の黙認をもって私への不可侵を成立させていた。実に効率がいい人間たちだ。
もし本当にヤバい奴らの中に指名手配犯がいれば迷わず狙うが、そうでない場合は『確実に悪い奴』なのか確定しないので様子見をしている。「ヤバい=悪い」なら話が早かったのだが。まあ、別に金に困っているわけでもない。
少し時間を遡る。
あの商人に依頼を出してから、約束の日を迎えるまでの『期間中』に起きた出来事だ。
大体いつもの時間にいるはずの商人が、その日は定位置にいなかった。
私から多額の資金を渡された商人は、真面目に仕事をしてくれていたのだろう。だが、私のために深く裏情報を集めすぎた結果、この街に潜伏していた悪徳クランの残党――傭兵団の連中に目をつけられ、拉致されてしまったのだ。
情報源を失うのは非常に面倒だ。私はかすかな匂いを辿り、拷問っぽい声や音からここだと確信した連中の住処を急襲した。
離れに一人、拷問部屋の外の見張りが一人、そして拷問を行っていた二人の傭兵が音から確認できた。姿を見せずにナイフを空中に浮かせ、素早く動かす。致命傷になる部分を血魔法で数回斬ったり刺したりしただけで終わりだ。
大声を出されると面倒なので、一本目のナイフで前・横・後ろから口や喉笛のあたりを狙って貫通させ、残りの三本でパッと見で狙いやすそうな致命傷になる部分を片付ける。ナイフの操作だけだと人が倒れた時に対応不可能なので、物陰から素早く、声が出せない相手を地面に静かに倒して絶命するまで待つ。
やろうと思えば、今はナイフを八本くらい同時操作可能なのだが、現状は四本くらいが現実的だ。非常に疲れるし、最悪な時しかやるつもりはない。四本から八本に増えたからといって消費する体力や魔力が単純に倍になるわけではなく、体感としては三~五倍に跳ね上がる。効率が悪すぎるのだ。
問題は商人の方だ。
とりあえず最後の同じ部屋にいる残り2人は半開きのドアの隙間からナイフを入れて目視しながら2人同時に口を刺して一本ずつ致命傷の部位を刺して中に入り素早く1人ずつ手で持ったナイフで振るう。
商人を見つけた時、彼は全身をひどく痛めつけられ、ボロボロの状態で息も絶え絶えになっていた。
私は彼に『回復魔法』をかけ、傷一つない新品同様の状態へと元通りに修復してやった。
「ん……、ぁぁ……?」
「静かに目を覚まして。あと、私のこと言ったら殺すからね」
拷問の傷が一瞬で消えた異常な現象と、血まみれの部屋に立つ私の姿。意識がなくなりかけていた状態から状況を理解できたのだろう、錯乱しかけている商人に、私は淡々といつも通りの脅しをかけた。
商人は今自分がどこにいるのかも理解できていないようだったので、アジトの外まで案内してやった。四人の遺体に少しびっくりしているようだが、気にしない。
適当に住処の目立つところにあったちょっとした金を商人のポケットに突っ込みながら、私は告げた。
「今は手持ちを持ち合わせていない。だから、命懸けで働いた代金として、平民の三年分の給料を後払いで約束する。だから引き続き、情報を集めて」
「絶対やり遂げます、今日はありがとうございます……!」
情報収集という仕事の範疇を超えて、私のために命の危険に晒されたことに対する正当な対価は必要だろうと判断した結果だ。
商人は少し疲れた顔をしていたが、商人としての仮面を無理やり被ったのか分からぬが、そう力強く返事をした。ポケットに金を突っ込んだ時、目を大きく見開いていたが、こんな量を一人では持ち帰れないので、ただの見知らぬ人に持っていかれるくらいなら目の前の商人に渡してやる、という程度の感覚でしかない。
三年分という異常なスケールの金額だが、私の懐事情からすれば、実は指名手配犯は単価が高いので、高いので一人、安くても八人くらい狩れば良いだけだ。数週間以内には目処が立つ。まあ、できない可能性もあるので「後払い」と言っておいたのだ。
商人が去った後、適当に傭兵の住処から副産物を持って行った。金や武器など、悪くはない。性能重視の剣やナイフがそこそこあった。適当な情報が紙で残っていないか探したが、どう見てもなかった。
自分のナイフは見た目度外視で、切れ味と大きさを限りなく同じものに揃えている。
大きさが少しずつ違うだけで、血魔法での空中操作の精度が大惨事になるからだ。すべて同じに揃えれば、どれがどのナイフかと考える必要がない。ついでに言えば、同じ大きさの方が隠し持ちやすい。
そして、約束の三週間後になる。
指定した廃屋の裏に、商人は待っていた。
彼の顔つきは、以前の『上手くやれていなさそうな痩せ顔の男』からは変わっていた。顔つきはまだ細い気がするが、少し体を鍛えたのだろうか。度重なる私からの脅しによる絶対的な恐怖と、三年分の大金という強烈な執念。それらが劇薬となり、彼は裏社会の商人として完全に『覚醒』したのかもしれない。
「ご依頼の情報です。現在のこの街の指名手配犯だけでなく、隣街の情勢、裏組織の相関図まで完璧に揃えておきました」
商人は一切のどもりもなく、想定の十倍は分厚い資料の束を私に差し出した。
内容は完璧だった。情報の精度も、裏付けの取れ方も、三週間前の彼とは別人が用意したかのように洗練されている。
ここまでの仕事の成果は予想していなかった。もう逆にどうやったのか聞きたいくらいだが、ギルドでの私の扱いのように、干渉はしないでおこうと思った。
私が指名手配犯を拷問した時も、商人の悪い噂は全く聞かず、むしろ商人を逆に恐れている連中がいたくらいなので、街に必要な存在だと判断可能だ。恐らく、私と商人の関係が他の人に部分的にバレているのだろう。「商人を脅すと逆にやられるって噂だ」「商人、昔は英雄願望だったと聞くが、もしかしてな」とか、ちょっと首を傾げるような噂も耳にする。あとは、商人が護身用で剣を持っているのだろうが、見せる剣だけではなくポケットに隠し武器がある気配もする。もう考えないでおこう。
「それから……私の個人的な情報網から、もう一つ」
商人は少しだけ目を細め、一枚の紙を私に差し出した。
それは、彼を拉致して拷問した『悪徳傭兵団のボス』の現在の潜伏場所だった。
あの時、私が商人の捕らわれていた場所の下っ端を瞬殺したことで、ボスは察知・警戒して場所を移していたらしいが、想定外に覚醒した商人の執念の調査網からは逃れられなかったようだ。
「ありがとう。助かる」
私は約束通り、平民の三年分にあたる金貨の詰まった重い袋を商人に渡し、資料を受け取った。
次の段階に進むための、隣街へのルートと十分な情報は手に入った。この街でやるべきことは、少なくなった指名手配犯のうち出来そうなやつを狩ったら引き時だろう。平和になり過ぎた。
だがその前に、ひとつ最優先で片付けておくべき仕事ができた。
私は資料に記された『悪徳傭兵団のボス』の情報を眺める。
あの商人を拷問するような連中の長だ。きっと、それなりの金と有益な副産物を持っていることだろう。
この街を出る前の『最後の美味いエサ』として、まずはあいつらを品定めしてやるとしよう。




