研究対象 ―シオン―
レン・アシュフォード。才能【言霊】。声と技名で魔法を発動する——私はノートの端にそう書いた。
言霊は希少な才能だ。だが過去の使い手は誰ひとりまともな威力を出せず、ハズレの烙印を押されている。才能とすら認めない教官もいる。
あの男は、そのハズレで試験官の障壁に亀裂を入れた。組み手では上位属性の防御を抜いた。指先を振るだけで済む魔法を、わざわざ声に変換して、なぜあの出力になる。
効率だけ見れば最悪に近い。
だが——あの男は自分の才能を実験で解析している。仮説を立て、条件を変え、結果をノートに書き足す。思いつきではなく体系だ。普通の魔術師なら才能に従うだけで終わるところを、あいつは原理から潰しにかかっている。
——興味深い。
◇
食堂に入ると、長テーブルの端にあの男がいた。パンが手つかずのまま放置されていて、ノートを広げてペンを走らせている。ときどき唇が動いている。文字の音を確かめているらしい。
「……向かい、空いてる?」
返事を待たずに腰を下ろす。目が合った途端、あいつの表情が切り替わった。
「お、シオン! ちょうどいい、見てくれよこの——」
「……見せなくていい」
ノートの中身は見えている。あの読めない文字がびっしり並んでいる。どの言語にも近似しない、解読不能な文字列。その横の走り書きだけが読めた。
スープを一口すすって、すぐペンに戻る。食事より名前が大事らしい。
「生活魔法ひとつ使えないのに、手帳の情報量だけは専門書並み」
「褒めてる?」
「褒めてない」
◇
食堂を出た廊下。あの男が横を通り過ぎた瞬間、壁際の魔導灯が揺れた。
光が不安定に膨らみ、収縮し、やがて元に戻る。あいつは気づいていない。何事もなかったように足音が遠ざかっていく。
——今のは、なんだ。魔導灯は微弱な魔力で灯る。外的な干渉に反応するほど繊細な術式ではない。あの揺れ方は、近距離に高い魔力源が通過した時の挙動に似ている。
結論は出さない。データが足りない。
廊下の先、掲示板に新しい紙が貼られていた。
『クラス対抗戦 来週実施』
あいつの才能が実戦でどう出るか。私はそれを——
見届ける義務がある。義務。
掲示板から目を逸らし、歩き出した。
次回「世話係じゃない」
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