魔法の天才
的が砕けた。二字の技名は軽く、腕にほとんど手応えが残らない。
レンは息を整えて手帳のページをめくった。練習場に他の生徒はおらず、朝の光だけが砂地の上に静かに伸びていた。次は四字だ。手帳の中から選んだ一つを、胸の中で確認する。カッコいい。間違いない。
「『紅蓮大華』」
空気が膨れて、炎が的を呑み込んだ。壁のほうまで焦げた匂いが流れてくる。さっきの二字とは桁が違う。だが膝がわずかに重く、体の奥から何かが引っ張られるような感触が残っていた。
——やっぱりだ。
「四字のほうが強い。でも持ってかれる」
手帳の端に走り書きする。「文字数↑=威力↑、消費↑。燃費の概念」。試したいことはまだいくつもあったが、授業の鐘が鳴ったので手帳を閉じた。使い捨ての名前がまた減っている。惜しくはない。
◇
実技の組み手でペアが発表された。シオン・レイシア——入試首席。家柄の問題で一組に入れなかったと噂されている。銀髪が練習場の砂埃の中で浮いて見えた。
開始の合図が落ちた瞬間、右手から氷の槍が射出された。続けて左手から風の刃が走り、足元の水が退路を塞ぎ、頭上に火球が浮かんで背後で雷が弾けた。声も予備動作もなく、属性を切り替えている気配すらない。五方向が、全部同時だった。
「すげえ」
素直に漏れた。組み手は一瞬で終わって、レンは防御すらまともに間に合っていなかった。悔しさはない。目の前の才能にただ見とれていて、声なしであの精度かと思うと、発動の仕組みが自分とは根本的に違うのだと実感した。
◇
休憩時間にシオンが壁際に座っているのを見つけた。他の生徒は遠巻きにしている。レンは迷わず隣に座った。
「お前、五つの属性ってどう使い分けてるの?」
「……才能に従うだけ」
「マジで? 俺なんか名前考えて、声出して、叫んで——やっと一発だぞ」
「……非効率」
「だよな。でもそこがいいんだよ。見て、これ」
ノートを開く。技名がびっしり並んでいるページが出てくる。
「これが今の一軍。こっちがまだ使ってないやつ。で、今朝わかったんだけど——」
「……なにこれ。読めない」
レンの手が止まった。そうだ、この文字はこっちの世界にない。
「あー……俺だけの書き方っていうか。まあいいだろ、読めなくても。で、こっちの短いやつと長いやつを撃ち比べたらさ——」
シオンの声は平坦だが、目線はノートの上をゆっくり動いている。
「仮説なんだけど、文字数が多いほうが威力が出る。今朝、二字と四字で撃ち比べたら四字のほうが明らかに強かった」
「……聞いてない」
「でも四字は少し体に来るんだよ。つまり消費も上がる。燃費の——」
「……聞いてないって言った」
腕を組んで目線を正面に戻した。だが立ち去らない。
レンは気にせず喋り続ける。名前の音の響きや字面のバランス、声に出したときの手応えについて、止まらない。シオンは黙ったまま壁に背をつけて、そこにいる。
不意に声がした。
「……一つ聞いていい」
レンが顔を上げると、シオンはまっすぐ前を向いたままだった。
「なぜその才能で喜んだの」
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