危険な存在
翌日の午前、教師室。
窓から差す光が、机の縁に細い帯を落としていた。レンはノートを開かないまま、立ったまま報告を始める。
「魔獣はいました。塔の中に二フロア分。効率的に処理してあります」
教師は頷きもせず、机の上の報告書の角を指の腹で揃えた。
「最上階は、魔獣の巣ではありませんでした。広い石室で、誰もいない。壁一面に、古い文字が刻まれていて、彫りが浅くなっていて、ほとんど読めません」
ペンを取りに伸ばしかけた手が、机の途中で止まる。
「ひとつだけ、読める単語がありました」
レンは少し間を置いた。
「その横に、新しい墨で書き足してありました。『声で魔法を使う者は危険だ』と」
教師の指先が、報告書の角からそっと離れる。
しばらく、室内に物音がなかった。報告書はいったん開かれかけて、また閉じられる。閉じきってから、教師は目を合わせずに口を開いた。
「……報告は受け取った。だがアシュフォード、この件は、あまり人に話さないほうがいい」
「了解です」
そう返してから、レンは礼をして扉に向かう。廊下に出てから、内ポケットのノートをそっと開いた。新しい頁の右端に、走り書きを足す。
教師。塔の件、口外無用。
ペンを戻し、廊下を歩きだした。窓の外で、午前の光がまだ高い位置にある。
◇
午後の中庭の隅、並木の奥のベンチには、誰もいなかった。
梢の影が、石畳の上で細く揺れている。レンは腰を下ろしながら、塔の一件を順にシオンへ話した。読めなかった古い文字のこと、そのうち一語だけ目に入ったこと、新しい墨で書き足してあった一文のこと。教師が報告書を閉じた動作と、目を合わせずに「あまり人に話さないほうがいい」と置いた声のことも、そのまま渡した。
シオンは膝の上で指を組んだまま、最後まで黙って聞いている。
話し終えてから、しばらく葉の音だけが残った。シオンが顔を少しだけ上げる。
「教団は、言霊の使い手を監視している」
梢が揺れて、影の縞が一段ずれた。
「あなたは、学院で目立ちすぎた」
指が、いったん解かれて組み直される。
「ランキング戦の記録は、外にも出ている」
風が吹き抜けて、ベンチの脚もとを葉が一枚かすめていった。
「あの巡回者は、たぶんそれを読んで来た」
レンは前を向いたまま、手の中のノートの角を撫でた。話の全体が、頭の中で組み直されていく。鑑定もしていない男がこちらの技を当然のように知っていた事実と、教師が報告書から指を離したあの動きが、別々の場所から同じ重さで並んで見えてくる。
「危険な存在、ってこと?」
「そう見られ始めている」
シオンは視線を落としたまま、淡々と続けた。
「今のあなたは」
◇
風が、梢を撫ぜた。
葉の擦れる音が、ベンチの上をしばらく渡っていく。レンはノートを軽く指で叩き、顔を上げた。
「……じゃあどうする? 隠す? 技名を叫ぶのをやめる?」
「……」
シオンは答えない。視線が落ちる。
レンが、小さく笑った。
「無理だな。俺がこのスキルを好きな気持ちは、誰にも消させない」
また、風が梢を渡る。
「……」
シオンの沈黙が、ふたたび落ちる。今度のそれは、否定でも肯定でもない場所に置かれていた。レンはノートを膝の上で軽く叩き、立ち上がる。シオンは動かない。
◇
夕方近く、自室の前の廊下。
斜めに伸びた光が、扉の脇の壁に長い影を作っていた。レンが歩いてくるのに気づくと、影の主が壁から背を離す。
カイだった。
腰の位置で、革の鞘が薄い赤を反射している。木剣ではない。
「カイ?」
カイはこちらの目を見たまま、口を開いた。
「話がある。——剣の修行の続き、やらないか」
顎で、廊下の先を指す。
次回「剣と声」
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