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【言霊】ハズレスキルと笑われたけど技名を叫ぶたびに規格外の威力が出るんだが  作者: お寿司


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二回目の遠征

 午後の教師室。机の上に、報告書の束がまた置かれていた。


 前のものとは別の束で、表紙の角だけが折れている。教師はそれを開かないまま、指の腹で表紙の縁を撫でた。


「目的地は古い塔だ。北街道を半日のところにある。魔獣の巣になっているという報告だ」


 レンは頷きながら、頭の中で地形の幅を取りはじめていた。塔か。だとすれば、中距離以上が要る。


「レイシアは、別班で学術調査に出ている」


 シオンの名は、それだけで通り過ぎた。窓の外で梢の影が揺れて、卓上に細い縞が落ちる。


「アシュフォード」


 教師が報告書を閉じる。


「気をつけて行け」


「はい」


 応えながら、レンの手はもう内ポケットのノートの角に触れていた。退室する前に、新しい頁の右端に走り書きをしておく。塔・中層・暗がり。書きとめてから、扉を肩で押し開けた。


 学院の正門。脇門を抜けるとき、衛兵が黙礼だけよこした。砂利の音が、いつもより粒立って耳に届いてくる。隣の足音がない。後ろの話し声もない。前を歩く隊列の影もない。歩幅を、自分の呼吸に合わせて作り直しながら、レンは北街道へ折れていった。


    ◇


 街道は、踏み固められた土の上を風が抜けていく。


 春の終わりの陽が背中に当たって、肩のあたりだけが軽く温い。半日。木々の隙間から、目印の塔がだんだん輪郭を立ててくる。


 蔦が石壁に絡みついていた。上部は崩れて、空に向かって歯が欠けたような縁を晒している。前回の森とは違う。木漏れ日もない、誰の灯りもない、隊列の話し声もない。聞こえるのは、自分の足音と、どこか高いところで鳴いている鳥の声だけだった。


 怯えではなかった。怯えるには、頭の中の作業が忙しすぎる。レンは歩きながら内ポケットからノートを抜き、新しい頁を指で開いた。書き留めてある名前のひとつに、指の腹をそっと載せる。中距離・夜・遮蔽あり。発動の入り口を、指の感触の方で確かめてから、ノートを戻した。


 塔の足元に立つ。木の扉は半開きだった。蝶番は錆び、押しても軋む音は控えめで、内側の空気がひやりと頬に当たる。石の冷たさだ。湿気を含んだ風が、奥のどこかから細く流れてきていた。


 一段目の石を踏み、扉の内側に身体を入れた。


    ◇


 螺旋階段を回って、上の層へ抜けた。


 外光が、斜めに筋を作っていた。光の届かない隅で、何かが身じろぎする。狼に近い体格をしていたが、毛並みが石壁の影に紛れ、輪郭の半分が読めない。


 レンは足を止める。距離、間合い、退き場。確かめる。狼型の進路は、こちらと階段のあいだに割り込もうとしていた。


 仕掛ける。


「『遮閃(しゃせん)』」


 声が、宙を刻む。


 白い線が床石の手前に走って、跳ね石の煙を上げる。狼型の踏み出しが、その線の手前で外側へ折れた。進路を塞いだ恰好だ。当てるのではなく、追い込むかたちで撃ち込んでいた。


 半呼吸の間。


 影から、毛並みが完全に出る。


「『暁光の一刀(ぎょうこうのいっとう)』」


 今度は、正面から打った。光が縦に走り、狼型の胸を斜めに割いていく。重い肉の落ちる音が、石床に低く響いた。


 息を、吐く。指の関節を、ひらいて、また閉じる。無駄な振りが、消えている。


 次の階段を、上がる。中層は天井が高く、頭上で羽音が小刻みに走っていた。飛行型の、小型魔獣だ。数は、数えるまでもない。


「『燕翦(えんせん)』」


 空気が斜めに切れた。群れの軌道に線が入り、羽音のかたまりが弾かれて壁にぶつかる。残りが左右に散った。左へ振った方を、続けて抑える。


「『風断(ふうだん)』」


 空間が断ち切られる。右へ逃れたやつだけが、こちらの間合いに残った。


 腰の短剣を、抜く。鞘走りの音は、もう手に馴染んでいた。踏み込んで、上から刃を入れる。羽音が、止む。床石にぶつかる軽い音だけが、鳴った。


 この距離、この間、この組み合わせ。


 ノートを、開く。新しい頁ではなく、使った名前の側だ。線が、紙の上を細く滑って、いくつかの行を黙って閉じていった。書きかけの頁に戻って、横に符号だけを足す。最上階・要観察。書きつけてから、内ポケットへ戻した。


    ◇


 最上階の扉は、軽かった。


 押し開けた瞬間、空気の質感が変わった。湿気が引いて、石の匂いだけが残っている。広い石室だった。誰もいないし、魔獣の気配もない。


 壁一面に、文字があった。古い彫りで、線が浅くなりかけているのに、消えきっていない。風化した縁が、光の角度で薄く陰を落としていた。


 レンには、読めない。


 文字の連なりは、レンの知る綴りに似ていない。だが、ひとつだけ目に入った字があった。指で、彫りの溝をなぞる。線の冷たさが、指先に残る。


「言霊」


 その語だけが、読めた。


 石の彫りはほかの文字より深く、風化のあとがほとんどない。指の腹に、はっきりと段差が伝わってくる。


 文字の横に、別の墨があった。新しい墨だった。乾いてはいるが、黒の沈みかたが古い彫りのそれと違う。古い線の脇へ、彫りの溝に逆らうように、誰かが書き足している。


「声で魔法を使う者は危険だ」


 筆跡が違う。墨の色も違う。指で触れたわけでもないのに、滲みかけのインクの匂いがまだ残っているような気がした。紙ではなく、石の壁の上に、誰かが筆で書いていった。最近、ここに人が来ている。


 レンはノートを抜いた。新しい頁の上のほうに、ひと並びだけ書きつけた。


 塔の文字/教団/新しい墨。


 ペンを内ポケットへ差し戻す。下の階で消費した名前の、補充はまだしない。


次回「危険な存在」

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