力と正しさ ―シオン―
砂利を踏む音は、隊列の前後で少しずつズレている。私の歩幅と、隣のあの男の歩幅と、後ろを歩く誰かの歩幅。重ならないリズムが、昼の道に長く伸びていた。
頭の隅で、別の声が鳴っている。
——力があることと、正しいことは違う。
昨日の森で、白い法衣の男が置いていった言葉だった。論理としては筋が通っている。誰かを傷つけ得る道具は、その持ち主の善悪と切り離して評価できる。当たり前のことだ。私の専攻書にも似た文言は載っていた。
「私には関係ない」
口に出さずに、自分に言い聞かせる。仕事は遠征の護衛と観察。教団の歴史観に意見する立場ではない。整理は終わった。終わるはずだった。
——あの男が、ノートを掲げて笑った顔。
止まる。
決勝の朝に見せてきた、あの妥協のない目。技名を叫ぶ瞬間に、子どもみたいに笑う。
あの笑みを「正しくない」の側に寄せようとした。手が滑る。結論を出すための手続きが、止まる。砂利の音が、また揃わなくなった。歩幅が乱れる。私はその言葉を内側で繰り返してみる。
私には関係ない。
繰り返したぶんだけ、言葉が重くなった。
◇
夜営の焚き火は、薪が湿っていたのか、いつもより低く爆ぜていた。
外周は他の隊員に任せた。火の近くにはあの男と私だけが残り、レンは木鞘から短剣を引き抜いて、刃の根本を焚き火の方へ向けている。火明かりが刃に滲み、彼の指先で揺れた。何かを試そうとしている顔だった。重さの確かめ方を、ノートの余白に書きつけている。
手元が、暗い。
灯りの術式を一段強めた。考えるより先に。火明かりとは違う、青みのある白い光が、ノートのページに静かに落ちる。
「……焚き火があるのに、灯りを足すのは、非効率では?」
言ってから、自分で気づく。突っ込んだのは、手が動いた後だった。
レンは顔を上げない。
「ん、見えやすくて助かる」
礼でも皮肉でもない、ただの平熱だった。レンはまた手元に視線を落として、刃の腹を指で軽く触れて、ノートに何か書きつけている。私の角度からは、文字までは読めない。
「観察記録のためだ。研究対象が手元を見間違えると、困る」
声に出さずに、自分の中で組み立て直す。組み立てた順序が、間違っていた気がした。指先が動いて、言い訳が後から追いかけてくる。順番が、ずっと、揃わない。
私は目を逸らした。焚き火の縁で、また薪が低く爆ぜた。
◇
炎の音だけが残る時間が、しばらく続いた。
頭の中に、三つだけ浮かんだ。三百年前に消されたという、声で発動する魔術の系譜。教団の語った、誰かを守るための善意。あの男がノートに新しい名前を書きつけた朝の、疲れた目の奥にあった笑み。
秤に載せても、釣り合わない。重さの単位が、揃っていない。
「何が正しいかは、私には関係ない。ただ——」
ただ、の続きが出てこなかった。
「……興味深いだけ」
自分にだけ聞こえる声で、そう置いた。
帰路の朝。砂利の音が二人分、不揃いに重なる。風が梢を撫ぜた。木漏れ日の角度は、森を抜けたあの日と、まだ同じだ。
「シオン。灯り、ありがとな」
レンが横顔のまま、ぽつりと言う。
「……聞こえてない」
返事のかたちをした、ただの否定。歩幅は、揃わないでいい。
次回「帰還」
ブックマーク・感想いただけると励みになります。




