表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【言霊】ハズレスキルと笑われたけど技名を叫ぶたびに規格外の威力が出るんだが  作者: お寿司


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

学院の外

 学院の門が、背後に遠ざかっていく。


 石畳が途切れて足裏が土を踏みはじめると、整えられた並木はいつのまにか背の高い雑木に変わっていた。葉の隙間から、木漏れ日が斜めに差し込んでくる。空気の匂いが違う——草と湿った腐葉土と、まだ名前のつかない何か。


 隣にシオンがいる。門前の応酬は、歩き出してしまえば互いに忘れたふりをしていた。


 前を行くのは、引率の教師と遠征隊の数名。レンの肩にはいつもの鞄、内ポケットにはノート、腰にはカイから預かった短剣が差さっている。柄の革の馴染みが、歩くたびに腰骨に触れてくるのがわかる。


 ——初めての外だ。


 ノートの表紙を、内ポケットの布越しにそっと押さえた。B級五発、C級六発、A級一発。頭の中の台帳は、きっちり閉じている。


 森林地帯の縁に入ると、引率者が片手を挙げて足を止めた。散開、と視線だけで指示が回ってくる。


 レンは息を一段深く吸い込んだ。呼吸が、そのまま森の奥へ落ちていく。


    ◇


 下草を踏む音が、こちらに近づいてくる。


 藪の向こうで枝がしなり、影が膨れた。木立の合間から割り出てきたのは、肩の高さまである黒い毛並みだった。大型の獣型だ。


 レンは、前に出た。


「『裂斬(れっざん)』」


 声が、空気を刻んだ。白い斬線が斜めに走り——途中の幹に食い込んで、減衰していく。魔獣の肩に届いた時には、毛の束をいくらか裂いただけに終わった。闘技場の、直線の視界じゃない。


 魔獣が跳ぶ。下草が巻き上がり、視界の下半分が欠ける。藪が、こちらと相手のあいだに立ちはだかる壁になっていた。


 レンの喉の奥で、次の名前が組みかけになる。——やめよう。弾薬は有限で、森の地形は読み切れていない。


 腰に、手が落ちた。カイから預かった短剣を鞘から抜くと、刃が木漏れ日を細く跳ね返した。


 踏み込んで、斬りかかる。手応えが、遠かった。——これは殺す相手だ、という認識が、切っ先の軌道を半拍だけ鈍らせていた気がする。試合じゃない、勝ち負けでもない。刃の重みは思っていた場所からずれて届き、浅い毛皮の裂け目に赤が滲んで終わった。


 魔獣の首が反転する。牙が、こちらの手首を狙って迫ってきた。


 ——間に、青白い光が滑り込む。


 雷だ。魔獣の前足を、根元から打ち抜いている。獣の重心が崩れ、そのまま下草の中へ沈んだ。


 レンは息を吸い直す。短剣を下ろした。


「……助かった」


 シオンがこちらを見る。


「……怪我は?」


「ない」


 魔獣は倒れたまま動かない。血の匂いが鼻先に落ちてくる。レンはそれを、素直に受け取った。


 ノートの中で、項目が増えていくのがわかる。地形の遮断、殺す相手への向き合い方、剣の手応えの遠さ、そして並んで立つ者の価値——学院の的が、どれほど抽象だったかが、身体のほうから染み出してくるようだった。


 横線は、まだ引かれていない。引かれるのは、帰ってからだ。


    ◇


 次の茂みが揺れた時、レンは半歩引いた。


 シオンが前に出る。無言のまま、杖の先が空気を薄く切った。


 火が、先に草叢を舐めて視界を開いた。雷が、飛び出してきた獣の突進を正面から止め、最後に氷が頸のあたりを白く締めて動きを閉じる。火、雷、氷——三つの系統が、息をつく間もなく入れ替わっていった。


 地形ごと処理する戦い方だった。


 レンは、息を呑む。大魔道士、と噂として知っている言葉と、目の前の動きが、ようやく同じ重さで繋がっていた。


「……実戦は、学院と違うでしょう」


 シオンが、杖を下ろしながら淡々と言う。


「ああ。勉強になった」


 頭の中で、空振りと浅手が、勝手に並べ替えられていく。失敗、ではなかった。実戦でしか得られないデータで、ノートに埋める余白の形が、もう見えはじめている。


 ——その時、森の奥で空気が揺れた。


 魔獣の気配ではない。下草の踏み方が違うし、もっと静かで、意図のある、人の気配だった。


 レンの足が止まる。半拍遅れて、シオンの足も止まった。視線だけが、木立の奥の同じ一点に吸い寄せられている。


 木漏れ日が、さっきより細くなっていた。


次回「聖黙の使者」

ブックマーク・感想いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ