遠征の誘い
教師室。午後の光が斜めに射し込む。
机の向こうで、教師が書類を置いた。
「ランキング戦の成績だ。遠征任務の推薦対象に、お前を入れる」
レンは息を止めた。それから、吸い直す。
——ハズレ、と呼ばれていた頃の自分が、頭の隅でこちらを見ている。その目は、今ここに立つ自分を、まだ少し信じ切れていないらしかった。
ノートの余白は、もう半分以上が線で埋まっていて、選ばれなかった名前が、選ばれる側の名前に変わっていった軌跡を、そのまま地図のように残している。
「学院の外での実戦経験が必要だ」
教師はそこで言葉を切り、こちらの目を見た。
「外には、学院の枠では測れないものもいる。覚悟しておけ」
具体は語られない。レンは頷く。研究者の側の自分が、その言葉の輪郭だけを、そっとノートに書き写しておいた。
◇
中庭に出ると、シオンがベンチの端で本を閉じるところだった。
レンは近づき、横に腰を下ろす。
「遠征に呼ばれた」
シオンの手が、本の上で止まる。
「……私も行く」
「え、推薦されたの?」
「別に」シオンは視線を伏せた。「学術調査の枠。あなたとは無関係」
「お、じゃあ一緒だな!」
シオンは顔を横に向けてしまい、春の陽がその横顔を撫でていく。
「……一緒じゃない」
小声だった。レンには届いていない。膝の上にノートが広げられている。持っていく名前の候補が、上から順に並びはじめた。二字、四字、漢字にひらがなを混ぜた新基準のもの。選ぶ手つきは楽しそうだ。
シオンはその横顔を、少しのあいだ見つめていた。口が開きかけて、閉じる。何も言わずに立ち上がった。
「——行く」
ベンチの端に、読みかけの本が置かれたままだった。
◇
練武場の隅。カイが一人で素振りをしていた。
「遠征、行くことになった」
レンが言うと、カイの手が止まる。振り下ろさずに、ゆっくり収められていく。
「そうか。お前は?」
「俺は——自分の修行がある」
追うな、と言っている声だった。レンは何も聞き返さない。
カイは腰の鞘に手をやり、練習用の短剣を抜くと、柄を先にしてこちらへ差し出してきた。
「持っていけ」
鞘ごと。柄にはよく馴染んだ革が巻かれ、木製の鞘は使い込まれた艶を帯びている。手のひらに載せると、思っていたより重かった。
「練習用だ。壊してもいい」
レンは指先で重みを確かめる。熱い。刃身に走った細い一筋の光が、掌の奥の記憶のほうから、静かに返事をしてくるようだった。指先が、うっすらと熱い。
ノートを開き、技名の欄ではないほうへ、柄の感触を、一言だけ書きとめた。
「——ありがとう」
カイは頷きもせずに、また木剣を振り下ろしはじめた。
◇
石畳を踏んで、学院の門前へ向かう。隣にシオンがいる。
「……隣を歩かないで」
「道が同じなんだからしょうがないだろ」
門の向こうに、外の空が広がっていた。
次回「学院の外」
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