技名ノート
ペンが走っている。
寮の自室。小さな机にノートを広げて、レンは名前を書いていた。書いては消し、消しては書く。ページの端に走り書きが増えていく。
「"崩天"か……いや、"穿天"のほうが……」
声に出して、首を傾げた。ペンが止まる。昨日の『蒼穹裂破』——空を裂く名前で、空を裂く力が出た。じゃあ"穿天"なら天を貫く力か。"崩天"だと崩すイメージが先に来る。貫くほうが好きだ。
「字面がいい。"穿"の字が槍みたいに見える。音も——"せんてん"、最後が上がるから突き抜ける感じがする」
書き直した文字を指でなぞって、口もとがにやけた。この時間がいちばん好きだ。誰にも邪魔されない夜に、最高の名前を練り上げる。字面と音と意味。三つがそろった時の手応えは、昨日の一発で確かめた。練り込んだやつは、違う。
——ふと、手元が暗くなった。
窓の外はとうに夜だ。いつの間にかノートの文字が影に沈んでいる。廊下に白い光が漏れていた。隣室も、そのまた隣も、指先ひとつで灯る。誰でも使える生活魔法——レンを除いて。
名前をひとつ使えば灯りくらい出せる。だが名前は一度きりだ。灯りに使った名前は、戦闘には使えない。
「——名前は戦闘用に温存だ」
机の引き出しを開けた。ろうそくが一本、転がっている。火打ち石も一緒に。入学初日に買っておいた自分を褒めたい。
カチ、カチ。火花が散って、芯に火がついた。蝋が溶ける甘い匂いが鼻の奥にひっかかる。オレンジの光がノートを照らした。壁の向こうから、かすかにページをめくる音がした。
◇
翌朝。寮の廊下を抜けると、掲示板の前に人だかりができていた。
クラス編成の結果。レンは人垣の隙間から名簿を覗き込んだ。二組の欄に自分の名前を見つけて、小さく口笛を吹く。
食堂に入ると、ざわつきが広がっていた。
「言霊が二組とか。あのハズレ才能で?」
「でもあいつ、試験官の障壁にヒビ入れたぞ」
「嘘だろ? 雷のやつでもびくともしなかったのに」
「名前がなきゃ何もできないんだろ? 灯りひとつ点けられないって」
「消費型だしな。撃つたびに弾が減る」
噂の中心にいるはずのレンは、食堂の隅でパンをかじりながらノートを眺めていた。昨夜仕上げた名前を指でなぞって、小さくうなずく。
「……うん、やっぱりいい」
口もとがにやけている。周りの声など聞こえていない。パンをくわえたまま席を立ち、ノートを片手に食堂を出ていった。
掲示板の前は、まだ混んでいた。
ガルド・ヴェルシュタイン。ローブの縁に金糸が一本多い男が、掲示板を睨んでいた。
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