決着の後で
白い天井が、視界の端までまっすぐ続いている。
医務室のベッドは硬い。シーツだけが妙に清潔だった。レンは上体を起こそうとして、やめた。肩が鉛の袋を詰めたみたいに重い。まぶたも重い。体の芯から太いものが抜けたあの感触は、闘技場から運ばれて包帯を巻かれた今も、まだ戻ってきていない。
隣のベッドにカイが横たわっている。額に包帯。前髪の一部が切り揃えられていて、そこだけ妙に若い。胸の上下は落ち着いているが、眠ってはいないらしい。
扉が、音もなく開いた。シオンだった。何も言わずに入ってくると、椅子を引き、レンの枕元にまず手を置いた。掌から淡い光がにじみ、肩の芯に染み込んでいく。動作に無駄がない。指の角度まで合理的だった。
光が消える前に、シオンは静かに立ち上がり、隣のベッドへ移る。カイの額の包帯の上に、同じ光を落とした。手順は、さっきと一字一句同じだった。
カイの目が、開いた。
視線だけがゆっくりとシオンを追う。寝返りも打たないまま、ただ見ている。シオンのほうは表情を変えない。
「あ」
レンが口を開いた。
「こいつシオン。俺の、えーと、研究パートナー?」
「違う」
即答だった。シオンの視線は治癒の手元から動いていない。
かすかに頷きが返ってきた。それが返事の全てで、カイは視線をゆっくり天井に戻す。
◇
沈黙が落ちる。気まずさはなく、温度差のまま、三人が同じ空気に収まっていた。
先に口を開いたのがどちらだったか、レンにもよく覚えていない。たぶん自分だ。
「カイ。お前の、あれ」
「……剣に、乗せる」
カイの声は低く、短い。戦場で聞いたのと同じ声質だった。
「乗せる?」
「名前を、斬撃の軌道に合わせる。斬り上げなら、伸びのある響きを選ぶ。突きなら、詰まった音を選ぶ。横薙ぎなら、抜けていく母音を置く」
言葉が、途切れない。
レンは肘をついて身を起こした。重い肩のことを一瞬忘れた。カイのほうは横になったままだが、目だけはこちらを向いている。
「軌道ごとに、響きを作ってるのか」
「作る、というより、合わせる。剣の動きが先にある。名前は、そこに乗るだけだ」
「——俺は逆だな」
レンの声が、少し跳ねた。
「俺は、感情の波に合わせる。その時に胸の中で一番熱いやつを、そのまま名前に翻訳する。名前が先で、魔法は後から追ってくる」
「……逆だな」
「逆だよな」
カイの目の奥が、わずかに動いた。
「斬り上げのとき、口の開き方はどうしてる」
「開けない。歯の裏で押し出す。声を外に飛ばすと、剣が置いていかれる」
「あー……留めるのか。俺は放つ。放つ時、腹の底から押し上げる。遠くへ届けるイメージ」
「届けるのと、留めるのは、別の筋肉を使う」
「使うな」
話題だけが、どんどん転がっていく。カイは寡黙のまま饒舌だった。一文は短い。だが途切れない。レンは途中から、枕に背を預けるのも忘れていた。
◇
シオンが、腕を組んだ。
壁際に寄り、目線は窓のほうへ。カイの頭の上の治癒はとっくに終わっている。立ち去ることもできたはずだ。
「……二人で、延々と、名前の話をしてる」
語尾が、いつもより長い。
レンは振り向こうとしたが、肩がまだ重くて、首だけで頷いた。
「うん。カイの話、勉強になる」
「……」
シオンは何も返さず、腕を組んだままでいる。
——だが、その角度の向こうで。
ベッド二つの側からは、ちょうど死角になる位置で。口元が、ほんの一拍だけ、ゆるんでいた。すぐに元に戻った。腕の組み方は変わらない。
カイの視線が、戻る。
「お前」
「ん?」
「剣に、名前を乗せられるかもしれない」
レンの目が、止まる。
「——試してみないか」
窓の外、光が傾く。
レンの指がシーツを掴んだ。まだ重い肩の奥で、何かが、すとん、と場所を決めた。
次回「言霊剣の萌芽」
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