もう一人の言霊
開始の合図が砂地に落ちた。
レンは息を止め、足裏で砂を噛んだ。急造の五発。ノートの余白に並べたその筆頭を、腹の底から引き上げる。
「——『砕迅』!」
空気が裂け、白い光弾がカイの胴を目がけて飛んだ。
カイが動いた。低く、前へ。剣を鞘から抜き放つ動作の途中で、口が開く。
「『ゼクト』」
——声が、聞こえた。
剣が白い光弾の真芯を通過する。光弾が切断面から左右に割れ、霧のように砂地へ散った。レンが生み出した魔法が、剣に斬り裂かれて消えていく。
思考が白くなる。声を——出した?
間がなかった。振り向けば、カイの体がもう目の前にある。剣の軌道が、肩口めがけて落ちてくる。考えるより先に喉が動いた。
「『盾』!」
薄い障壁が剣を受け止め、衝撃が腕から肩へ抜けていく。足が砂を滑って体勢が崩れ、取り戻す暇もなく距離が一息で消えていた。
◇
後退しながら、二発目を抜いた。
「『穿破』!」
光弾が低い軌道で砂を掠めながら飛ぶ。カイの足が止まらない。走りながら剣を横に構え、口が動いた。
「『シュライ』」
横薙ぎが光弾を斬り飛ばした。砕けた光の粒が、砂地の上をゆっくりと降りていく。
また声を出した。技名だ。あれは技名を叫んでいる。剣を振るたびに、名前を口にしている。レンの足が横へ動いた。距離を作る。回り込む。だがカイの踏み込みのほうが速い。砂を蹴る音が近づいてくる。間合いの中に入られた。
剣が突き上げるように迫る。
「『壁』!」
障壁が展開した瞬間に剣が叩きつけられた。防御越しに全身が軋む。砂埃が視界を白く染めた。その向こうに、前髪の隙間から覗くカイの目が見えた。
「——お前も、言霊か?」
レンの声が、砂埃を割った。
カイの剣が引かれる。障壁が消える。カイの口元が、わずかに動いた。
「……同じじゃない。俺の名前は魔法じゃない」
間。
「剣に乗る」
カイが再び踏み込んだ。剣を振りかぶる。その口が、また開く。今度はレンの目の前で——剣の刃に沿って光が走るのが見えた。声と同時に、光が剣から溢れる。
「『ヴァーレン』」
斬撃が空気を裂いた。レンは横に跳んだ。風圧が頬を叩く。砂が舞い上がり、剣が通った跡に、魔法とは違う何かの残滓がちらついて消えた。
足裏が砂を掴む。体勢を立て直しながら、レンの脳がようやく追いついた。
声を出している。名前を剣に乗せている。魔法じゃなく、剣に。
——消費は? あれも一度きりなのか?
答えはまだ出ない。だが目の前で起きていることだけは、はっきりしている。
◇
攻防が止まった。
互いに構え直す。カイの剣が正眼に戻り、レンの息が荒い。砂埃が薄れていく中で、カイの長身がゆっくりと輪郭を取り戻した。
レンの口元が、笑っていた。
恐怖じゃない。胸の奥で何かが弾けるように回っている。言霊の使い手が——他にもいた。しかも、全く違う使い方をしている。声は同じだ。名前を叫ぶのは同じ。だが出てくるものが違う。
「——最高じゃないか」
声に出ていた。カイの目が、前髪越しにこちらを見た。
レンは砂を蹴った。カイが同時に踏み込んだ。
次回「命名哲学の激突・前」
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