空の弾倉 ―シオン―
残弾を数えるのは私の仕事ではない。
準々決勝が終わった翌朝、研究棟に向かう途中でレンを見つけた。廊下の窓枠に腰掛けて、いつものノートを膝に開いている。ページの余白が目立つ。以前はびっしり埋まっていた。
「残り、いくつ」
研究データの確認。それ以上でも以下でもない。
レンは隠す素振りもなく指を折った。
「B級が六つ、C級が三つ」
足りない。
準決勝で最低四つ。決勝まで進めば、さらに五つ以上。相手の格が上がれば消費も増える。B級を温存してC級で凌ぐ場面があったとしても、決勝の後半には——空になる。なのにこの男は平気な顔をしている。ノートを閉じて、窓の外を見て、欠伸までした。
「……馬鹿」
「え、なに?」
「何でもない」
聞こえていたはずだ。聞こえていて、笑っている。
計算ができないのか、する気がないのか。たぶん、後者だ。
◇
準決勝前夜。
寮の廊下を通りかかったのは、たまたまだ。レンの部屋の灯りが漏れていたのも、私が足を止めたのも、全部ただの偶然の連鎖にすぎない。
扉は半開きだった。
レンがノートに向き合っていた。ペンを持ったまま、動かない。書きかけの文字列がいくつか並んでいて、どれにも線が引かれている。自分で書いて、自分で消した。何度も繰り返した痕跡が、ページを汚していた。
B級なら作れる。レンの言霊生成能力なら、技として成立するものを並べるだけなら難しくない。でも——名前の響き、構えに入る時の身体の流れ、声に乗せた時の圧。そのすべてが噛み合わなければ「確信」にならないことを、この男はもう知ってしまっている。
「もう少しカッコよくできる気がするんだよな」
独り言だった。私に向けた言葉ではない。ペンの尻で額を叩きながら、天井を睨んでいる。
「……無理でしょう」
気づいたら声が出ていた。扉の隙間から、私の影が床に落ちている。
レンが振り向いた。驚いた顔は一瞬だけ。すぐにいつもの軽い笑みに戻る。
「やる」
根拠のない返事だった。でもペンを握り直す指には迷いがなかった。
私は何も言わなかった。ただ部屋に入って、手元の灯りの術式を少しだけ強めた。薄暗い寮室が、ノートの文字がはっきり読める程度に明るくなる。
それから、隣に座った。
◇
研究対象が潰れたら困る。
言霊の生成過程を間近で観察できる被験者は貴重で、ここで消耗されては論文にならない。だから灯りを足した。合理的な判断。
……指先がまだ温かい。術式を使った残熱。
隣に座っていた時間は、長かった。レンが書いては消し、消しては唸り、時々こちらを見て「シオン起きてる?」と確認してくる。「起きてる」と返すたび、レンは安心したように視線をノートへ戻した。その繰り返しが、いつまでも続いた。
考えてはいけない。この観察精度は研究者として当然の——
朝。
うたた寝から目を覚ますと、レンはもう起きていた。ノートが開いたまま机にある。昨夜までなかった文字が一行、太いペンで書かれていた。新しい名前が一つ。
「これでいく」
レンがノートを掲げた。疲労の残る目が、それでも笑っている。妥協の色はない。
少しだけ、息が楽になった。
——参考になるかもしれない。参考。
次回「準決勝 」
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