ランキング戦開幕
石畳を踏む足音が、闘技場の通路に吸い込まれていく。
冷えた空気。奥から観客の歓声がくぐもって届く。レンはノートを懐にしまった。リングへ続く階段を一段ずつ上がる。視界が開けた瞬間、熱気が顔にぶつかった。円形のリングを観客席がぐるりと取り囲んでいて、想像していたより、ずっと人が多い。学院全体の上位を決める個人トーナメントだ。勝ち上がれば学院代表の推薦枠——王家や貴族家の引き抜きにもつながる。王都からわざわざ客が来るのも、そういう事情らしい。
「おい、言霊のやつがランキング戦だとよ」
「場違いだろ。名前叫んでるだけだぞ」
「早々に終わるな」
不特定多数の声が、上から降ってくる。レンはリングの中央へ歩を進めた。気にならない。むしろ腹の底に火が点く感覚があった。
観客席の一角に、シオンの姿が見える。いつもの無表情で、こちらをじっと見ていた。その後列に、腕を組んだ教師。見届ける側の目だ。
対戦相手はすでにリングに立っている。上位クラスの無詠唱使い。名は確認していない。足の構えだけで、もうこちらとは違う重心だと分かった。
審判の声が響く。
「両者、位置につけ。……始め」
◇
相手が動いた。速い。視界の端から端へ、一拍で詰めてくる。レンは右に足を滑らせ、指先を突き出した。
「『烈破』」
C級。二字で軽く置いた光弾が相手の肩口を掠めた。掠めただけだ。相手はすでに角度を変えて回り込んでいる。この速度では、C級は届かない。距離が差を呑み込んでしまう。
間合いを切るしかなかった。レンは半歩下がり、右手を横に薙ぐ。腹に力を込めた。
「『蒼雷咆哮』ッ」
空気が鳴る。青い光が筒状の帯になって走り、相手の踏み込みを正面から叩いた。相手が二歩、後ろに押し戻される。手応えはある。旧基準のB級——効いた。
だが、決定打にはなっていない。相手は数歩ずれただけで、もうこちらへ笑いを向けていた。
「その程度か」
——お前が、その程度か。
レンの内側で、昨夜ろうそくの前で書いた太い字が、すっと立ち上がった。確信=威力。全部繋がっている。相手の速さを超える刃は、もう自分の中にあった。
◇
息を吸った。薄く、深く。右手を地面と水平に掲げ、指先を相手へ向けた。腹の芯に、確信を、ひとつ残らず集める。
——次元が違う。
「『雷牙の閃』ッ!」
空気が割れた。青白い刃が一条、リングを縦に裂いて走る。相手が両腕を胸の前で交差させた——刃は、その腕ごと通り抜けていた。防御の意味が成立していない。相手の体が弾き飛ばされ、リングの端に落ちる。仰向けに伸びたまま、口だけが動いていた。嘘だろ、と形だけが読める。
会場が静まった。
ざわめきが遅れて押し寄せた。
「おい、今のなんだ」
「一組の無詠唱が……言霊に、一発?」
「威力、さっきの一発と桁違いだぞ」
「場違いって言ったやつ、誰だっけ」
蔑視の声を出していた側の観客席が、急に静かになっている。手のひらが一斉に裏返る音がした。
シオンが立ち上がりかけて、また腰を下ろす。いつもの無表情のはずが、眉の角度が違っていた。教師の腕組みもほどけている。
レンは懐からノートを取り出して開く。今朝まで白かった『雷牙の閃』の文字の上を、刃物で切ったような細く鋭い線が、紙の繊維をひと撫でして走った。
——うん。新しい名前のほうが、ずっといい。
ノートを閉じた。指先の痺れはまだ残っていたが、息はもう整っている。
審判が片手を高く上げる。
「勝者、アシュフォード。——次戦、二回戦」
観客の声は、もう聞こえない。
次回「舐め→圧倒」
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