名前切れ
ペンが止まった。
「"烈……紅……" ——違う。先週使った系統だ」
ノートの上半分が消し跡で潰れている。インクが滲んで、もう書けるスペースがほとんどない。レンはページをめくった。白紙。ここに新しい名前を並べるはずだった。
「拳を突き出して叫ぶなら、音は破裂音で……意味は打撃系で……」
書く。『轟拳』。じっと見つめて、口の中で音を転がした。
「……ダサい」
ペン先でぐしゃぐしゃに消した。実技の時間が来ても、ノートの余白は埋まらない。
レンは急造の名前を二発撃った。『鉄火』と『迅破』。どちらも的に当たりはしたが、対抗戦で叩き出した手応えとは比べものにならない。名前に確信が乗っていないのが、撃った本人にはわかる。
「おい、あいつ今日ショボくないか」
「対抗戦であんなに強かったのに、なんだあれ」
聞こえている。聞こえているが、そこじゃない。
「叫ぶのは恥ずかしくないんだよ。名前がダサいから恥ずかしいんだ」
クラスメイトが黙った。何人かが顔を見合わせている。
レンにとっては当然の区別だった。
◇
「名前のクオリティが下がると、威力も落ちるんだよ」
食堂。パンをちぎりながら、レンはシオンに言った。
「……当然では」
「当然じゃねえよ! 名前はセンスなんだよ! もっとカッコいいやつを作りたいのに、しっくりくるのが出てこない」
「……じゃあセンスがないのでは」
レンの手が止まった。パンが皿に落ちた。
「……刺さった」
「……事実」
凹んだ。本気で凹んだ。だが——脳の隅で、対抗戦の記憶が引っかかった。あの時、拳を突き出してキメポーズで撃ったら威力が跳ねた。身体の使い方が変数なら。
「……なあシオン。声の出し方って、関係あると思うか」
「……何が」
「威力に」
シオンがスプーンを止めた。
◇
放課後。練習場の壁にもたれて、レンはノートを開いた。
さっきの実技を振り返る。『鉄火』と『迅破』、どちらもC級の急造で質は同じくらい。なのに『迅破』のほうが手応えがあった。
何が違った。名前の質じゃない、ポーズも変えていない。——声だ。実技の記憶を辿ると、『鉄火』はさらっと口から出したが、『迅破』は腹に力を入れて叫んだ。
レンは立ち上がった。壁に向かって、名前は使わずに声だけ変えてみる。腹の底から息を吸い込んで、一気に吐く。空気が震えた。
今度は囁くように息を漏らしてみたが、練習場の空気はぴくりとも動かない。——やっぱりだ。ノートを開いて走り書き。
「声も変数だ」
大きくハッキリ叫ぶと威力が上がる。溜めて一気に吐くと瞬間火力が跳ねる。ポーズと同じだ。身体の使い方が、確信を増幅する。
胸の奥で熱いものが回る。だが同時に、名前のセンス問題は何も解決していない。声で底上げはできる。でも名前自体の質を上げないと、根本が変わらない。
ノートを閉じた。名前のセンスを取り戻すヒントが、どこかにあるはずだ。
図書室に入ると、古い紙と革の匂いが鼻に届いた。奥の書架に目を走らせながら、レンは棚の間を歩いていった。魔法史、属性理論、才能図鑑。手がかりになりそうな背表紙を探す。ふと、棚の一角を通り過ぎた。他の棚は本が不揃いに詰め込まれているのに、そこだけ隙間が均等に空いている。
レンは気にせず、次の棚に手を伸ばした。
次回「噂」
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