名前の重さ ―シオン―
右手が痛い。
自室の机に向かって、私はそのことにようやく気づいた。指を開くと、掌に爪の跡が残っている。いつから握っていたのか——覚えていない。
ノートを広げた。対抗戦の記録を書く。あの連射は非効率で、無駄が多い。属性の切り替えに体系がなく、名前を叫ぶたびに違う効果が出る。一発一発は軽い。
書ける。ここまでは、いつも通りに書ける。
だが——最後の一撃。
ペンが止まった。あの声が闘技場の空気を変えた瞬間を、私の言葉では記述できない。
何だ、あれは。
ペンを置いた。
◇
廊下のベンチに、あの男が座っていた。ノートを広げて、また新しい名前を書いている。決勝が終わって一時間も経っていないのに、もう次のことを考えている。
隣に座った。あいつが顔を上げる。
「お、シオン。さっきの俺の試合どうだった?」
「……普通」
普通ではなかった。あの一撃は私の言葉で記述できなかった。だが、そう言う。
「お前の試合もすごかったよ。五属性の同時展開、あれ反則だろ」
嬉しくない。
視線を逸らした。
嬉しくない。
あの男はもうノートに目を戻していた。唇が小さく動く。新しい名前の音を確かめている。あれだけの一撃を放った直後に、もう次を作り始めている。消費を惜しまない。
私には理解できない。あの手は迷っていない。
◇
夜。自室。天井を見ている。
才能【大魔道士】。五つの系統を高い水準で扱える、超レアの才能。思うだけで発動する。効率的で、正確で、速い。
——でも私は、一組には入れなかった。
没落貴族。超レアの才能を持っていても、家柄がなければ上には行けない。ずっとそう思っていた。才能に従うだけ。思考が届く範囲でしか、魔術は動かない。それはずっと前から知っていた。知っていて、考えないようにしていた。
なのにあの男は——才能とすら認められていない【言霊】で、一組の王子を倒した。声を張り上げて。名前ひとつで。
ああいうやり方は、私の【大魔道士】にも使えるのだろうか。
……興味深いだけ。それ以上では。
目を閉じた。掌の爪の跡が、まだ微かに残っている。
◇
翌朝。隣室の壁を叩いた。返事がない。もう一度。
ドアが開いた。あの男がノートを抱えたまま立っている。寝癖。目の下に隈。徹夜で名前を書いていたらしい。
「実験向けにストック、補充しないと」
私に言っているのか独り言なのかわからない。声が大きい。
「……朝食、先に行く」
返事を待たずに歩き出した。足音が後ろからついてくる。
次回「名前切れ」
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