45話
「……ふぅ。少々、熱くなりすぎましたね」
最初に毒気を抜いたのは、最も年上のラピエルでした。彼は乱れた燕尾服を整え始めます。
「皆様の仰ることも、理解できぬではありません。カトリーヌ様の求める『華やかさ』も、ディアヌ殿の唱える『調和』も、このワインが持つポテンシャルを信じればこその要望……。認めましょう、私の『重厚さ』だけでは、この奇跡を語り尽くせない」
「……あら、ラピエル。あなたにしては殊勝な物言いじゃない」
扇子を閉じたカトリーヌが、少しばつが悪そうに微笑みました。
「私も、あなたの『風格』を古臭いと言いすぎたわ。……正直に言うけれど、ディアヌの言う『酸味』の必要性も、心のどこかでは認めていたのよ。物語には、甘いだけじゃない『毒』が必要だものね」
ディアヌは深くため息をついた後、ゆっくりと椅子に座りました。
「……私も言葉が過ぎました。ですがそれは、このワインに『伸びしろ』があるということですよね?」
「それは私もその通りだと思うわ」
「はい」
三人の視線が、テーブルの端でマイペースに食事を続けているクロエに注がれました。
「それにしても」と、ディアヌが声を落とします。
「恐ろしい話よ。魔法でぱっと作っただけで、これだけの味を出しちゃってる。……これから先、一体どうなっちゃうのかしら」
「私たちがこれほど情熱をぶつけ合ったのは、このワインが既に『完成に近い未完成』だからです。どうでしょう、シェフ。この辺りで、あの秘密兵器を使ってみては?」
ラピエルがディアヌに視線を移します。
「この間届いた、あれね」
「なんのこと?」
首をひねるカトリーヌに、ラピエルが答えます。
「実は今日の日のために、最高級のフレンチオークの小樽を手配しておいたのです」
「それって、まさか?!」
カトリーヌの顔が期待にほころびました。
「たとえほんの僅かな時間でも樽に触れさせれば、クロエ様のワインは大幅に味わい深くなるのではないかと考えました」
「さすがはラピエル……試してみる価値はあるわね。互いに違う理想を掲げる者同士、その答えを『樽』に委ねてみるのは面白いわ」
三人は、先ほどまでの激しい口論が嘘だったかのように、固い連帯感を持って頷き合いました。
「……というわけで」
ラピエルがクロエに歩み寄ります。
「その『黄金の奇跡』がフレンチオークにより、さらなる高みへ上るための最終儀式(熟成)を執り行わせていただきます」
三人のワイン愛好家が放つ、狂気ともいえる情熱に、クロエは首を縦に振るしかありませんでした。
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