44話
ラピエルが慈しむような表情でワインを見つめながら口を開きます。
「……美味しい。素晴らしい出来です。ただ、そうですね。あえて改善の余地を挙げるとすれば……少々、香りが『子供っぽい』かもしれません。純粋すぎて、複雑な奥行きに欠けるというか」
その言葉に、カトリーヌが楽しげに首を傾げました。
「あら、私はそこが良いと思うわ。この一点の曇りもない『若々しさ』こそが、このワインの最大の魅力。熟成だの何だのと理屈をこねて、この瑞々しさを殺してしまうのは野暮というものよ」
主人の言葉に頷くかと思いきや、執事のラピエルは微動だにせず言葉を返します。
「……若さ、ですか。確かにそれも一理ありますが、高級酒としての格を求めるならば、やはり大人の落ち着きが必要かと」
「ふふ、ラピエル。あなた、何でも自分のように四角四面にしたがるのね」
二人の間に、目に見えない火花が散り始めます。それは主人と執事というよりも、ワイン愛好家としての対等な戦いでした。
「まあ待ってください、二人とも」
そこに、ディアヌが落ち着いたトーンで割って入りました。
「料理と一緒に提供する側からすれば、あと一歩『調和』が必要だと思うのですが、いかがでしょうか?」
手元の鴨肉を指し示し、語ります。
「今のワインは、それだけで味が完成しすぎています。素晴らしいことではありますが、それだと料理とぶつかってしまう。例えば、後味にほんの少しだけ『酸味』を持たせて、脂っぽさを切る役割を与えたら……このワインは、食事を最高に引き立てる名脇役になれると思います」
ディアヌは自信ありげに語り、他の二人が同意するのを待ちましたが、そうはいきませんでした。
「名脇役? 冗談でしょう」
カトリーヌは失笑を漏らしました。
「この奇跡の雫を、料理の付け合わせにしろと言うの? これは主役であるべきよ。夜の主役を張れるだけの、圧倒的な華やかさ。それこそが私の求める物語よ」
さらにラピエルも不同意を示します。
「料理が主役であるべきというのは一理ありますが、それは普通のワインで十分であると私は考えます。このワインには主役を張れるだけの可能性がある。そこで重要となるのは、やはり重厚な風格……」
「風格なんて年寄り臭いわ! 優先されるべきは華やかな香りに決まっているわ!」
「ワインというのは、お料理があってこそです。現におふたりとも、ワインと共に食事を召し上がっているではありませんか。主役といってもひとり舞台ではない。やはりここは、お料理とのバランスが考慮されるべきです!」
最初は互いに気を遣い合っていた三人の声が、一拍ごとに大きく、鋭くなっていきます。
「……どうしてあんなに熱くなってるんだろう?」
クロエはフォークを止めて、目を丸くしていました。
ほんの少し前まで、三人とも笑顔で「最高」「美味しい」と絶賛していたにもかかわらず、今はお互いの意見を真っ向から否定し合っています。
「何かに似ていると思ったら、縄張り争いをする犬みたいじゃない?」
猫のあずさが、愉快そうな笑みを浮かべながら毒を吐きました。
「それは言い過ぎでしょ……確かにそう見えなくもないけど」
クロエもつられて笑っていました。
「三人とも、目が笑ってない……」
「あまり近寄らない方がいいわよ」
「そうだね。できるだけ存在感を消しておこう」
クロエとあずさに観察されていることにも気づかず、三人の討論はヒートアップしていきます。これはむしろ口論に近いかもしれません。
「重厚さ? 華やかさ? そんなもの、単体で飲まなきゃ成立しない自己満足じゃない! ワインは料理を活かしてナンボでしょ!」
ついにディアヌが、バン! とテーブルを叩きました。
「なんですって……!?」
「なんですと……!?」
そんなものに負けるカトリーヌとラピエルではありません。ふたりは同時に立ち上がり、さらに強い言葉を吐きつけます。
お互いのプライドを賭けた「地獄のワイン論争」は、まだまだ続きそうでした。
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