276:ラス・イコメク-4-1
『ふむ、やはり奇策に走るのではなく、自分の得意な分野で勝負をするのが正解か』
「っつ!?」
もう何十度ラス・イコメクにニグロム・ローザを突き刺したかは分からない。
だが、気が付けば、私はスィルローゼ様が祀られた立派な聖堂に立っていた。
「幻術……いえ、精神世界ね、これは」
天井まで十数メートル、祭壇から入口まで100メートル近く、幅も相応で、棺の乗った祭壇だけでなく椅子や柱にも華美ではないが手の込んだ装飾が施されている。
こんな場所は『フィーデイ』には存在しないだろう、スィルローゼ様は目立つことを嫌っているのだから。
だから、ここはほぼ間違いなくスィルローゼ様への信仰心が具現化した私の精神世界だろう。
「肉体は……動いている。大丈夫そうね」
ここが精神世界である証拠は他にもある。
こうしている今も体はしっかりと動いている気配があって、ラス・イコメクへの攻撃を続けている感触があるのも一つだ。
他にも、精神世界であると判断する根拠はあるが……まあ、今はいい。
それよりもだ。
「さて、何処から仕掛けてくるかね」
私はラス・イコメクの吐瀉物を撒かれないようにするために、吐瀉物を栄養として吸収していた。
その吐瀉物の中にはラス・イコメクに取り込まれて、吐瀉物に混ぜられた魂と言うのも存在しており、彼らの魂は戦闘終了後の再構築に備えて、私の中に封印され眠っている状態にある。
それが、私の背後にある祭壇の上で棺に納められている。
半分以上、無意識にだ。
では、何故今、無意識の領域であるこの場に私の精神の一部があるのか。
決まっている、無意識のうちに何か招いてはいけないものを招いてしまったと判断したからだ。
「ほう、流石の反応の良さよなぁ。妾の気配を察したか。気付かずにおれば楽に逝けたものを」
聖堂の扉が開く。
そこに立っていたのは、今の私と同程度の大きさのラス・イコメク。
特に武器の類を持ってはいない。
だが、発している力は悍ましいと言うほかないものである。
「私を産み直して配下にするつもりかしら?」
「その通りじゃ。茨で編んだ体は所詮人形。幾ら破壊したところで意味はない。有象無象共にしても、妾が魂を取り込んでも貴様がそれを容易く奪っていくから溜められぬ。だから、全ての要である貴様を妾の手中に収める。そうすれば、この戦いは終わり。『フィーデイ』の産み直しもあっと言う間じゃ」
此処が半ば無意識の領域であるためだろう。
ラス・イコメクの口は軽く、口元に浮かべる笑みも現実よりもあからさまで醜悪な物に見える。
「しかし、こうして訪れてみて気づいたが……貴様は実に哀れな娘よなぁ」
「何ですって?」
此処まで入り込まれた以上、物理的な手段での排除は望めない。
排除するならば……それはラス・イコメクの精神をへし折る事と同義だと言っていい。
それがどんな方法かは分からないが……こうなってしまった以上はやるしかないだろう。
「人ならざる者の血、木っ端と言えど神である祖を持つも、その祖が愚かにも神の力を捨てて人として生きることを子々孫々にまで強要したことで、貴様は理由も分からずに普通の人間たちの輪には馴染めない異端の者となった。これが哀れでなくてなんと言えようか。理解出来るものと引き合わせるのも親の務めであろうに」
「……」
ラス・イコメクが唐突に語り始める。
「悪と叛乱の神ヤルダバオトが魅入り、代行者としての地位と力を押し付けたのも不幸よなぁ。これで貴様は『フィーデイ』と言う地において許されざる神を信仰すると言う異教の徒に望んでいないにも関わらずされたわけだ。従姉妹の事はどうでもよいにしても、これが哀れでなくて何が哀れだと言うのか。悪しき縁から遠ざけるのも祈られる者の責務であろうに。まあ、奴自身がその悪ではあるが、な」
「……」
私の事を心の底から思いやり、哀れむような目をしながら。
「だが、何よりも哀れであるのは……人の身を捨ててまで使命を果たさんとしているのに、祈りを捧げている神がまるで見向きもしていない事であろうか。これほどの祈り、これほどの思いを捧げられているのであれば、教本通りの対価を支払うだけではなく、もっと手厚い保護を与え、力を授けてやるのが正道と言うものだろう。なのに、まるで走狗のように扱い、果ては世界に要らぬものを収める倉庫そのものにしてしまうとは……余りにも非道が過ぎると言う物であろう」
理解できない言葉を囀る。
「なあエオナよ。妾が、母が、万産界・皆産みの魔鬼王ラス・イコメクが、そなたを産み直してやろう。そして、今度こそ貴様が望むものをその手に収めるのだ。母はその手助けをしてやるぞ」
「へぇ……そう……そうなの……」
「ああそうだ。だから母の手を……」
とりあえず決めた。
「と?」
ラス・イコメクは後悔させる。
「言いたいことはそれだけかしら?」
だから、伸ばされたラス・イコメクの腕はみじん切りにした。
「な、何……」
「ならば、私の信仰を勝手に語った報いを受けてもらいましょうか。ラス・イコメク」
聖堂が茨で編まれた建物へと変形し、聖堂の中に居るラス・イコメクの全身を貫いた。
「我が信仰と祈りはスィルローゼ様の為にあり!」
「なんっ!?」
そして、聖堂だった茨ごと腕で包み込もうとしていた、聖堂の外のラス・イコメクの精神の本体に棘を立てて怯ませた上で……。
「なんだ……これは……」
「偽神如きに捧げる祈りなどない!」
ラス・イコメク如きでは絶対に取り込めないようほどにまで私の存在を大きくした。
ラス・イコメクが人形のように見えるほどにまで、私は自分の魂を広げ、その身を茨の大樹とした。
12/18誤字訂正




