269:ラス・イコメク-2-4
「またお願いするわ」
「了解」
戦闘開始から2時間と少し。
私はエオナ=フェイスから再びニグロム・ローザを受け取ると、ラス・イコメクに向かって飛ぶ。
「zsysぉdszsls……」
援軍の第一陣が到着するまであと少しのはず。
だが、スリサズの力を借りずに自前の手段だけで宙を舞ってはラス・イコメクに攻撃を仕掛けている私は、慣れない手段で少しのミスも許されないと言う状況に、僅かではあるが疲れを覚えている。
本音を言えばエオナ=ファーム辺りに援軍の話を聞きたいのだが、今の忙しない状況でそんな余裕は無い。
「ysysぉpypぢ」
「ふん」
そう、本当に忙しない。
ラス・イコメクの動きを先読みし、私を叩き落し、打ち払うための攻撃を避け、散発的に飛んでくる地上のスパルトイからの攻撃も避け、その上でニグロム・ローザを叩きつけなければいけない。
その為には茨をコンマ何秒で伸ばしては縮め、地上に降りる事を選んだのであれば、敵からの攻撃を受ける隙を生じないように詠唱する必要はある。
そして、向こうが気を使ってくれるので、深く気にする必要は無いが、他の私たちやゴトスたちの動きにも気を使う必要がある。
三次元的な動きを継続して行うのはこれまでにない経験で……うん、やっぱり疲れる。
「せいっ!」
「ぃdp……」
疲れるからこそ、その疲労感ごと攻撃を叩き込んで、気持ちだけでも楽にするのだが。
「む……」
だが、今私が撃ち込んだ一撃の感覚は奇妙な物だった。
私とニグロム・ローザにかかっている魔法は正常なのに、ラス・イコメクに与えたダメージが少なくなったように感じた。
「ぉいmstrんs……」
「げっ……」
それとは別に体に妙な負荷がかかり始める。
左手と腹、それに右耳の辺りだけ重くなり、逆におしりと右太ももの辺りは軽くなる。
「想定内と想定外ってところね。『スィルローゼ・プラト・ワン・ベノム=ソンボル・フュンフ』」
私は手近な茨の塔に茨を伸ばして飛んでいくと、そのまま茨の塔の頂上から遠距離攻撃によるラス・イコメクの妨害を始める。
だが、私の剣から放たれる茨の棘は、ラス・イコメクに近づくと共に軌道が不自然に捻じ曲げられ、狙い通りの場所には中々飛ばない。
ダメージは入っているので最低限の妨害は出来ているから問題は無いが、これは厄介な現象である。
『フィーデイ。ゴトスたちから攻撃が通りづらくなったと言う情報が入ったけど……』
「こっちも確認したわ。ついでに重力変異の方ももう起きているわ」
『そう、厄介な話ね』
エオナ=マネージに言われるまでもなく、この現象の原因は分かっている。
ラス・イコメクが新たな能力を得たのだ。
片方は特定属性……こちらがメイン火力としている木、金、陰への耐性。
数値にすれば数%程度だろうが、スパルトイ含めて耐性を獲得しているとなると、厄介な話である。
想定の範囲内であり、かつわざと習得させたと言えばそうとも言える能力だが。
問題はもう片方の能力。
『重力変異は残りHP70%からのはずなのに』
「まったくね」
ラス・イコメク周辺で重力変異がランダムに発生し、動き回る事が難しくなると言う力。
これはラス・イコメクの残りHPが最大値の75%以下になって、第三段階に突入すると同時に得るはずの能力である。
だが、今のラス・イコメクの残りHPはどれほど少なく見積もっても80%より上。
つまり、制限を緩める事によって早期獲得してきたと言う事。
重力変異だけならば対処は可能だが、下手をすると、他の能力が使えるようになるのも早まっている可能性があり、かなり危険である。
「オリクテオム!」
「っつ!」
私はラス・イコメクから蘇芳色の炎が放たれるのと同時に、茨の塔に仕込んである鞭化した短剣を伸ばして、私自身を打ち上げる。
直後、ラス・イコメクの炎に包み込まれた茨の塔はあっけなく倒壊する。
「マネージ、修復はお願い」
『分かったわ』
ラス・イコメクはかなり成長している。
今の炎はHPの減りとは無関係に放たれていた。
やはり、今後の事を考えると成長の方向性は誘導するべきであるし、その為には接近戦を仕掛け続ける必要がありそうだ。
だから私は茨をラス・イコメクの角に向かって勢いよく伸ばす。
「yptsrys……」
「うげっ……」
だが、茨は角ではなく、手の指に絡まる。
ラス・イコメクが素早く腕を上げた為だった。
これだけでも、ラス・イコメクの成長が窺えてしまえて、厳しい。
しかし、ゆっくり落ちている暇も私には無かった。
「止むを得ないわ……」
「lslsyysms」
私は茨を縮めようとした。
ラス・イコメクは歯を二度打ち鳴らした。
それはHPの減りによる蘇芳色の炎を吐き出す攻撃、オリクテオムの前動作であり、ラス・イコメクの瞳の無い眼窩は正確に私を捉えている。
「まずっ……」
私は咄嗟に緊急回避用の魔法を唱えようとする。
だが、ラス・イコメクの口の中には既に炎で溢れかえっている。
私は完全に出遅れていた。
だから私は今の体を放棄すると共に、ニグロム・ローザを安全圏まで投擲することによってこの場を凌ぐ方針に切り替える。
そうして私が体を捨て、ラス・イコメクが炎を放とうとした瞬間だった。
「『ルナリド・ムン・ミ=ビフォ=スペル・アルテ=リピト・ツェーン』」
ラス・イコメクの背中側に出現した茨の門から小さい、けれど真っ赤な火球が放たれた。
気が付けば、三つ目の層には私ことエオナ=フィーデイとラス・イコメクたち、それにこれでもかと言う程に守りを固めたエオナ=ライブラリしか居なくなっていた。
私はそれまでとは別の意味で蒼ざめた。
直後。
「「「ーーーーー!?」」」
「サロメエエエェェェ!?」
三つ目の層に満ちている木気の全てを燃料とした膨大と言うのも烏滸がましい熱量が発生。
私もラス・イコメクたちも爆炎に包み込まれた。




